風邪引いた

今になって介護疲れが出たのか、年内に片付けなければならない仕事を終わらせたせいか、風邪を引き込みました。やれやれ。23日に某研究会に参加してその後飲んだくれて帰ってきたのがまずかったのかな。とはいえ、久しぶりに羽目を外して飲める機会で、とっても楽しかったんだけど。

そんなこんなで、年賀状を書くとか、タンスを整理して防虫シートを入れ替えるとか、クローゼットの中から要クリーニングのスーツを選別するとか、成り行きで父から預かっている状態の車を洗車してワックスかけるとか、庭木を剪定するとか、デスク周りを整理して不要な書類を捨てるとか(←これが一番重要)、とにかく年内に片付けておきたいことがなかなか終わらない。そしてこれらは要介護状態の父を預かってもらっているからこそできること。

まあ、ディーラーで車の点検はしたし、厄除け祈願の申し込みはしたし(そう、今年は弟以外の家族がみんな厄年みたいな状態だった)、介護認定の更新手続きもしたし、新年用のファブリック類は購入したし、これだけは年内にやらなければまずい! という案件はほぼ片付いたけど。あ、お飾りをまだ買ってないや。まあ、年賀状は届くのが遅くなっても「ごめんなさい」でいいし(←いい加減なヤツ)、自分の周りだけ大掃除ができていなくても暦の上でお正月は来るし。

でも・・・実を言いますとね、お正月は準備ができた家にしか来ないんですよ! 本来的なお正月の意味って、「歳神様」をお迎えすることなんです。この「歳神様」、柳田国男先生に言わせると祖霊つまり御先祖の霊の一形態だっていうことなんです。まあ、日本の民俗的な神様って史料を分析してはっきり分かる例って少ないので、仮説の域を出ない面もあるんですが。要するにしっかり掃除をしてお飾りをつけるなりして、「どうぞお越しください」という状態にしておかなければならないんです。

昔私が幼稚園ぐらいの頃に、当時健在だった祖母から「大掃除をしっかりしておかないと、お正月は来ないのよ」と言い聞かせられた記憶があります。常識的に考えてそんなことは全くないんですが(時間は勝手に流れて1月1日にはなりますから)、ある程度民俗学的知識を身につけると、「なるほど」と納得します。昔の人には、お正月には特別な神様をお迎えするという心性が残っていたんですねえ。

で、残念ながら知識だけはあるけれどそういう敬虔な心性を持たない孫はまだまだ部屋が散らかっています。年末なんてくそったれですよ、本当に。クリスマス? 何でキリストの誕生日を異教徒の私が祝わなくちゃいけないの? お正月? 何でよりによってこんな寒い時期を一年の始まりに設定しちゃったの? 年賀状書くの寒くてしょうがないんだけれど! と、いつもこの時期は太陽暦および西洋文化を呪いながら日々過ごしています。

あ~早く風邪を治さなくちゃ。

佳子