さてさて、「もったいない」というケチケチ感満載の動機で始めた着物いじりですが、いじり始めるとやはり奥が深いんですわ。なにしろ現在の着物の原型が平安時代の下着から始まっている訳なので、ざっと1300年近い歴史があるんですよね~。いざ着るってなるとお手入れの問題は必ずついて回りますし、それがついて回る以上は和裁の知識もそこそこ必要になるわけで・・・。
明治以降の近代の歴史だけを見ると、基本的に庶民は木綿だとか麻とか羊毛が広まるとウールの着物なんかを普段着に着ていたわけです。紬は普段着というけれど、絹製品に手が届かない生活レベルの人もいたはずです。正絹の襦袢に正絹の着物を普段着として着ていたのはごく少数の上流階級だけだった訳で。庶民はそれこそ祝言を挙げるときぐらいだったのではないかと思います。
で、木綿は当然ジャブジャブ水洗い可能。若干縮みますので、仕立て前に反物を洗っておくって方法もあるようです。ウールの着物や襦袢はセーターのようにウール用の洗剤で手洗いして、軽く脱水して着物ハンガーにつるせば洗濯完了。アイロンをかけても問題ありません。麻は熱を加えると縮んでしまうので、必ず水で洗って脱水せずにしわを伸ばして干す。アイロンは厳禁。それでも絹以外はさほどお手入れの手間はかかりません。
問題なのは正絹。これは本当にお手入れに手間もかかるしお金もかかる。下手をするとお手入れ代やクリーニング代で一着着物が買えてしまうレベル。だから本当に特別な時だけ着て、そうでない時にはしまって置いてもいいのではないかと思う。なんというか、身の丈に合わせて着物を楽しむなら、日常着として綿とかウールの着物を着て、夏には麻の着物や浴衣で十分だって気がする。で、半幅帯でも締めていれば十分なのではないか。
着付け教室の先生とか「着物玄人」の人たちは、ウールや木綿の着物は洋服でいうとジャージみたいなものでそれで買い物に行くのは恥ずかしい的なことをいうのだけれど。それって高価な着物をなんとか買わせようとするセールストークで、買わせたらお手入れが必要だからといってクリーニング代をむしり取ろうとしているようにしか思えないんだよね~。
皮脂汚れとかファンデーションの汚れはドライクリーニング(着物丸洗い)で落とせます。脂溶性のものなので。でもある程度着古してきた段階での汚れは大抵蓄積した汗汚れで。汗などの水分による汚れはドライクリーニングでは落ちません。水溶性の汚れは水洗いしないと落ちない。
で、どうするかというと「洗い張り」なんです。これ、戦前はたいてい一家の主婦が家族の着物のお手入れを一手に引き受けていて、衣替えシーズンの後に晴天が続く時期を狙って自力でやっていた作業なんです。着物をほどいて布の状態に戻して水洗い。その後、水洗いによる縮みを伸ばして洗濯糊を塗って板に貼り付けて乾燥させる。場合によってはその布をつなぎ合わせて反物に戻します。
子どもが成長して丈が短くなっていたら丈を長めに仕立て直しますし、前回仕立てた時よりも自分の年齢がかなり上がっている場合、八掛(裾回しとも呼ばれる着物の裾の裏側の布地)を地味な色の布地に交換するなど状況に応じた仕立て直しをします。もちろん和裁士だった祖母はこれを自分でやっていまして、母が七歳の七五三で着た着物は、祖母が娘時代に着ていた派手な着物を当時の母のサイズに仕立て直したものだそうです。母が成人式に着た振り袖は、祖母がかい巻きに仕立て直したものを私が使っていましたし。
たぶん、祖母は和裁が得意だったからプロとしてやっていただけであって、素人のごく普通の庶民の奥さんだってこれぐらいの作業は自力でやっていたはずなんですよ。和裁士に依頼できる経済的余裕があるならいいですけど、そうでなければ自分でやるしかない。下手でも、普段着ならどうにか着られるレベルに仕上がれば問題ないですしね。
母の回想によると、祖母が仕立てを引き受けた着物を納品する際に何度か同行した記憶があるそうなんです。いずれも都内(昭和30年代の北区界隈)の超豪邸だったと。たいそうな作りの門から玄関まで飛び石がいくつも続いていて遠かったということです。このレベルの経済状態のお宅の奥さんでもない限り、自力で洗い張りして仕立てていた可能性は高いと思いますね。
この洗い張りと仕立て直しを依頼すると、小紋とか紬などの袷(あわせ)の着物(裏地ありの着物)の場合、かる~く5万円ぐらいになってしまうんですね。単衣(ひとえ)っていう裏地なしの着物ならもう少し安くはなるんですが、それでも3万円は下りません。
実を言うと、この金額の十分の一で買えてしまう中古品の着物はたくさんあります。かくいう私も、新古品の着物を4000円ほどで買ってしまいました(ポリエステルの洗える着物です)。
けっこう「仕立てたんだけど着なかった」という着物が中古市場に出回っています。母も祖母に仕立ててもらったけど着ていない着物が3着ありますし。伯母の着物もまだ袖を通していませんし。着物って着丈ならおはしょりでいくらでも調節して着られるんですが、腕の長さが違う場合、裄のお直しをしないと着られないんです。だから、仕立ててしまった着物は未使用品でも二束三文で買いたたかれて安い値段で出回ります。
世の中がこういう状況なので、わざわざ洗い張りと仕立て直しに出すのも馬鹿らしいといえば馬鹿らしい。祖母が仕立てて祖母が着ていた着物を着たいって思わなければ、処分してしまった方が手間もお金もかからないんですよね。
でも、祖母はどうやら掛け衿分の余りぎれをしっかり保存してくれていたようなんです。それを母が嫁入りの時に「着物の端切れ」として着物とともに持ってきていた。
着物で一番汚れるのは衿部分なので、昔の人は簡単に交換可能に仕立てたようなんですね。掛け衿をつけるのは仕立てでも最終段階に近い段階。その部分だけをほどけば付け替え可能。それに反物を裁ったときに残る余りぎれって、ちょうど掛け衿部分をとった時の残りになるらしいんです。長さは掛け衿とおなじで、反物の幅の二分の一にあたる。これが残っているので、洗い張りをした後にかなり黄変した掛け衿部分を余りぎれに付け替えてもらえば着用可能になる可能性が高い。
この反物、昭和30年代初頭におそらく松坂屋か三越で手に入れた可能性が高いらしいです。まだ一家が北区東十条に住んでいて、祖母と母で電車に乗って百貨店に出かけた時に買ったはずだと母が言っていました。
よく理由は分からないけれどその時の祖母が上機嫌で、母は宿題の絵日記にこの出来事を書き留めた記憶があるとか。そんなわけで母にとっても思い出がある着物なんですね。今すぐとはいわないけれど、時期を見計らって洗い張りと仕立て直し依頼を実行しようと計画中です。
了子