このシリーズ連載もとうとう第20回目。個人的に「謎だ」と思うことについて、勝手に分析にもならないごたくを並べてきましたが、どうも解せないなと思うことの中でも1、2を争う謎なのがこれ。龍や魔族に人間が太刀打ちできたのかということとも表裏一体の謎なんですが、何でまた神々は(少数の例外はあるけれど)人間だけを地上に住まわせることにしたんでしょうか?
と、言いますのも、もし人間が魔族や龍族と対等に渡り合えたのだとしたら、人間だけに地上での居住権を与えるなんて依怙贔屓にしかならないと思うんです。その点をバーン様も恨んでいたようですし、人間ばかり優遇される理由が作品中でしっかりと解説されていない。これはバランが初対面時のダイに、「この3つの種族は世界の覇権をめぐって血で血を洗う争いを続けた」(『DRAGON QUEST・ダイの大冒険』第6巻(集英社文庫版、2003年)P131)と言っているのがどこまで公平性を持った見解なのかということとも関わる問題なんですが。彼の場合、この時点ではアンチ人間な立場であったことは明確ですしね。
むろん魔族や龍族の全員が同じ意見であるとは思っていません。地上を支配下に置きたいと望んだ「最後の知恵ある竜」冥竜王ヴェルザーはバランに粛正され、地上を破壊して魔界に太陽をと望んだバーン様はダイに倒される訳ですが、、「お天道様の当るところにいたい」という欲求まで否定されなくてもいいのにと思うんですよ。逆に「太陽なんてくそくらえだ! オレは暗いところが好きなんだ」という魔族がいたって別にかまわないでしょう。魔族や龍族の中にも意見や立場を異にするものは存在していて、全ての人間対全ての魔族という構図で太古から戦ってきているわけではないだろうと思うんです。
問題になるのは、自分の欲求なり野望なりを達成するために他の種族や意見を異にする存在を暴力的に排除することでしょう。それと、魔族だから排除するとか人間だから殺すとか、自分とは種が違うからとにかく攻撃するというのも問題(リアルの人種差別と同じやん)。これはバランも陥ってしまった陥穽だけど、ある集団を一括りにして「○○は悪」と決めつけてしまうこととかも。これは「私たちこそ正義」という考え方と表裏一体なんだけど。だから私も佳子同様、基本的にレオナやフローラは好きじゃない。戦時とはいえ、王族という既得権益の上に乗っかっている二人より、まだキレイゴトではない戦争の現実を知っているアバンやバランの発言の方が重みと説得力があると思っている。
閑話休題。バランの言う「世界の覇権をめぐって血で血を洗う争い」は、三種族間で対等な力関係の元に行なわれてきたのか。そもそも地上に居住していた人間だけが一方的にやられる関係だったのか。もし後者なら、人間という種を「保護」するという神々の意図で、人間が地上を与えられたのも読者としては納得できなくはない。何だか隅っこでいじけてのの字を書いているヴェルザーさんとか、太陽がないと老眼の身にはキツいと憤っているバーン様には申し訳ないけれど(笑)
でも、対等な力関係かどうかなんて戦っている当事者には分からないもんなんだよね。近代戦ともなれば、徹底的に諜報活動を行なって相手方の戦力を分析して、自軍が優勢か否かを客観的に判断できますが(それでもそうした情報に触れられるのは一定以上の階級の軍人だけですけど)。前近代の戦争ではそうはいかなかった。たとえば日清戦争が起こる前まで清朝は「眠れる獅子」と呼ばれていて、西洋列強もどの程度の戦力がある国なのか実力を計りかねていたようですし。
そういう人類の過去の歴史を鑑みると、魔族や龍族には力で劣る人間どもを徹底的に殲滅してやるという意識はなかったのかもしれない。たいして強くはないみたいだけど、うじゃうじゃと群れているし、数が多くて邪魔だから、自分たちの生活空間にいるものは駆除しておこうか程度の認識だったのかもしれない。やられる側としては災難だけどさ。人間だって農作物につく害虫を駆除したり、家に侵入してきた蚊とか蝿とかゴキブリは駆除しているわけで。他人様のことを言える義理はない(笑)
その結果として何が何だかよく分からないうちに神々の一存によって地上を追われ、魔界に押し込められたのだったら、そりゃないよと思うものが魔族龍族を問わず少なからず存在するのも無理はない。せめて魔界の環境をもう少し良くしてあげられなかったんですか? と人間として、一読者として『ダイ大』の神々に一言いいたい(笑)
了子