了子:まあ、仕方ないよ。父を連れて来て寝かせられるスペースがなかったもん。介護用ベッドが部屋を陣取っていたし。隣の部屋に寝かせたら、私の寝る場所がなかったし。
佳子:家に連れ帰って湯灌して、一晩ぐらい布団に寝かせてあげたかったけれど・・・色々な意味で無理っぽかった。
了子:結果的にあれで良かったんでしょうよ。型どおりに弔いたいっていうのは弔う側のエゴだと思う。遺体を運んでくれた方が髄液漏れを起こしているって言っていたし。
佳子:うん・・・・・・死んじゃうと仕方ないのかもしれないけれど、脳脊髄液が漏れるってことは相当脳が損傷していたってことの証拠だよね。生きているうちから漏れてたんだろうかとか色々考えちゃったなあ。
了子:そんな状況のおやじの遺体を素人の私たちが綺麗に湯灌してあげられたか怪しいもんだよ。鼻とか耳から髄液とか液化してしまった脳とか血液とかが漏れだしてかえって遺体を汚してしまったかも。
佳子:そうなったら辛いね。医療現場で働いているわけでもない人間には適切な処置法も分からないし。
了子:まあ、できる範囲で最善は尽くしたよ。それにしても、びっくりしたよね。まさか刑事課の刑事さんがやって来るなんて!
佳子:そうそう。一応、ルールとして決まっているらしいね。外傷が原因で入院直後に亡くなった場合、事件性の有無を調査することになっているって。
了子:同居していない私とか弟も職業と現住所と介護への関わりなんかも聞かれたね。まあ、介護状況について答えたのはおかんと佳子だったけれど。かなり詳しく聞いていったよね。
佳子:うん。いつ倒れてどんな病院や施設にいたのか、具体的にどういう症状が出ていて介護にどのぐらい負担があったのかとかね。あと服用している薬とか。
了子:すごかったな。服用薬は全部で9種類あったけど、佳子ったら全部暗記していたもんね。それに外用薬が2つ。それを聞いた刑事さんも状況を理解していたみたいだった。脳梗塞とアクティブな認知症を患っている人が飲む処方薬だよね。あの時、介護にそれほど関わっていなかった私は状況を客観的に聞けたと思うんだけど、改めてすごかったと思う。よくやったよ。
佳子:まだそれほど実感がわかないけれど。
了子:おやじって睡眠薬では寝なかったし、頻繁にトイレに行ったし、夜中にタオル集めを始めたりコンセントを拔きだしたりしてとにかく目が離せなかったわけじゃん。結局、誰かが寝ずの番をしない限り安全に在宅介護を継続できなかった。
佳子:確かにそれはそうだった。睡眠薬を飲ませると夢遊病みたいに意識がない状態でうろうろしていたし。
了子:最終的には佳子の「睡眠薬なしの不寝番」が正しい選択だったと証明されたんじゃない? 逆に言うと、そこまでしないとおやじの命は守れなかった。
佳子:ああ、そうか。見方によってはそういうことになるのか。睡眠薬を飲ませなかったら異変に早く気づいた可能性はあるかも。でもねえ。
了子:・・・うん。早めに気づいたから命を救えたわけではないかも。どのみち助かりませんといわれて死んでいくおやじを見続けることになったのかもしれない。そこまで考えるとおやじなりの最後の気遣いだったのかも。
佳子:そんな気遣いをされても。まあ、「助かりません」といわれて病室に連れて行かれた時点で、おやじの魂はもう体を離れているっぽいという感じはあったね。思い返せばその日の朝、おやじがショートステイ先から帰ってくる夢を見ていたのよ。
了子:それはみんな何となく感じていたよね。おかんが病院には泊まらず家に帰って寝ようと言って皆同意したし。
佳子:葬式の手配や親戚の連絡などやるべきことがドッと押し寄せてくるからできる限り体を休めようということもあった。瞳孔が開いていてほぼ脳死状態では声も届かないでしょうし。
了子:難しいね。魂はどの時点で肉体を離れるんだろう。
佳子:案外、高田さんの話が正しいのかもよ(高田さんとは父の仕事仲間で霊感が強く、オーラなんかも見える人!)。
了子:外傷は結果であって、死の一週間ぐらい前から魂は肉体から遊離し始めるって言ってたよね。
佳子:そうそう。私たちから高田さんところに連絡を入れる直前に、人影が玄関に立っていたとも言っていたね。玄関先にある人感センサーつきのライトが光って、人影が見えた。誰だろうと外を覗いたら誰もいなかった。直後に家から父の訃報連絡が入ったらしい。
了子:おやじが出向いていったんでしょう。最後に会いたかったんだよ。自治会の役員会の直前に自治会長さんに訃報の一報を入れられたのもタイミングが良かった。けっこう、会いに来て欲しい人のところには出向いていったり連絡が行くように仕向けているのかも。意外な人が駆けつけてくれたし。
佳子:知らせたい人には、知らせられるようになっているかも。前にお世話になった老健にも支払いのついでに訃報を伝えられた。葬儀翌日に支払いに行ったから。
了子:びっくりしてたんじゃない? 頭はともかく、体の方はけっこう健康だったから。
佳子:うん。「え~!!!!!?」って感じで超驚かれたよ。拘束しないで預かってくれたから、「最後に人間らしい生活をさせてもらえました」ってお礼が言えたのは本当に良かったわ。
了子:何だかんだと、おやじは出たがりなんだろうね。
佳子:それ、すごく思う。救急病院の後に入院したリハビリ専門病院の看護師さんにも、母が歯医者でばったり会って、訃報を伝えられたらしいし。
〈つづく〉