〈追悼 おとん〉姉妹対談・そりゃあないよ!!!③

了子:佳子としては最低ラインまでに持って行く戦いがずっと続いてきたわけなんだよね。端で見ていて不思議だった。ことごとく親に人生を妨害されていたじゃん。病気で離職して休養中におとんが倒れて、佳子自身の手術と療養が完了したら今度はおかんが手術して。その後なし崩し的に在宅介護スタート

佳子本当に不思議だった。自分の努力ではどうしようもない事情で人生が前に進まなかった

了子:手伝おうにも、職に就いていて独り暮らししている私や弟ではできることに限界があったしね。どこか施設に預けようとしても、暴力が出るから普通の特養では預かれないと言われてしまったし。

佳子:そうそう。おかんが頑固で、拘束するようなところには預けないって頑張っちゃったんだよ。それもいけなかった。おかんが預け先の幅を狭めちゃった。

了子:だから結局精神科が主体の認知症専門病院が行き先になったわけだ。あれほど精神病院はイヤだと言っていたのに。

佳子:そう。初めにお世話になったのが精神科が運営主体の老健で、昼夜を問わず拘束されていたから。でも入院予定だった病院は私も見に行ったけど、あそこの病院は良心的だった。患者に対しても家族に対しても。見知らぬ見舞客に殴りかかろうとしたお婆さん(認知症でそういう症状を持っているんでしょう)をスタッフの人が宥めて止めていたっけ。薬で無理に症状を押さえ込むのではなく、危険な行為に及んだら人力で上手く止める方針らしい。

了子:精神科っていうと鉄格子の部屋とか、身体拘束とか、強烈な薬で眠らせておくとかろくなイメージないけれど。

佳子:それ、そこの病院の相談員の方も言っていた。そういう先入観を持っていて家族を入れたくないと考える患者家族は多いらしいよ。見に来てもらわないとそのイメージは払拭できないって。

了子:勝手な先入観で選択の幅を狭めちゃうのは良くないね。最後におやじを預かってくれていたところもすごくこじんまりとした施設だけど、おやじは楽しく過ごしていたみたいだし。

佳子:それがせめてもの救いだよね。そこでの事故が死因になっちゃったけど、皆さんよく対応してくれたと思う。

了子:そこをある種の「死に場所」としておやじが選んだんでしょう。もし、家で同じことが起きていたと考えてみなよ。

佳子:「ああすれば良かった」とか、「もっと早く気づいていれば」なんていつまでも引きずっていたでしょうね。

了子:でも介護士さんたちがいるところでああなったなら、プロでもわかりにくい症状だったと納得できた。

佳子:まあ、そうだね。っていうか、寝ているのと区別が付かなかった。救急外来のスタッフさんたちが「嫌な呼吸だ」「呼吸が浅い」とは言っていたんだけど。

了子:おでこを椅子にぶつけて、しばらくは普通にしていたんでしょ? 睡眠薬が効きすぎて眠り続けたことも過去にあったよね。

佳子:あったあった。だから、睡眠薬が効きすぎているだけだと思っていた。ところが、頭部CTを撮ってみると・・・脳内に血が充満していた(急性硬膜下血腫)!!! もう「うっそ~ん!!!」としか言いようがない。

了子:このあたりで私にも連絡をくれたよね。私は植物状態だろうが何だろうが命が助かるなら緊急手術一択でしょう!!! と言ったけれど・・・。

佳子:うん、母と私もそのつもりだったんだけど。何しろ、見た目に父の顔色は悪くなかったし、足先が少し動いていた。まだ希望はあると疑っていなかった。でも・・・脳幹がすでに傷害されている上にワーファリンを飲んでいるのでは手術で逆に命を奪うことになるって・・・。ほぼ脳死に近い状態だとも・・・。

了子:なんかなあ。リアルに「ベホイミをかけてくれよ!!!」って感じだったんだね

佳子:あ、言われてみればそんな状況だったね。さんざん介護で手を焼かされたけれど、救命の余地があるなら全力でサポートするつもり満々だった。そこは今考えても不思議かも。いつもお世話になっている隣町の主治医の先生のところが療養型病院。植物状態に近くなって寝たきりになるというのなら、そこに転院させてもらえないか打診しようかとも考えていた。

了子:いつも思うけど、佳子って緊急時に冷静に思考をめぐらせるよね。

佳子:いや、その時点では植物状態になったならその状況でどう行動すべきか考えていた。つまり、おやじが死ぬよりも生きるということを前提にしていたから冷静に考えられたんだと思う。

了子:いや、植物状態になるかもって時点でそうそう冷静に考えられないよ。

佳子:まあ、おやじが倒れた時は2回ともその場に居合わせたからね。脳梗塞ともなれば、半身不随ぐらいは覚悟するじゃん。その経験で病院の手はずとか手続きとかは慣れてしまった。むしろ助からないって分かった時からは分からないことだらけ。

了子:いや、それは全員そうだから。我が家では初の死者じゃん。葬式も初めての経験。そこに至るまでは何だかんだと佳子も活躍したじゃん。

佳子:とにかく知らせるべき人には前もって知らせないととは思ったね。親戚には電話をかけまくった。「この2、3日がヤマです」といわれたから、いきなり死亡連絡が行くより先にヤバイって連絡しておく方が先方も準備できるかなって。

了子:でも結局翌日の4月11日朝には心肺停止で死亡確認だったよね。もう少し頑張ってくれるかなと期待してたんだけどなあ。

佳子:まあね。ICUの看護師さんから「今夜は病院に泊まり込みますか?」と聞かれた時点でもっても翌日までかなとは思っていたけど。結局翌日(死亡当日)に来てくれた伯父夫婦(母方)とは会えずじまい。連絡した時に12日にはお見舞いに行くよと言ってくれた伯母(兄嫁)といとこ(本家の甥っ子)とは棺桶の中で対面だったねorz

〈つづく〉