第5章 長い長いドラゴンの話(2)

「はっはっはっはっはっは。こいつは傑作じゃわい! おかしくてたまらん。はっはっはっはっはっは。はっはっはっはっはっは・・・」
シスレインがラインリバー大陸へと飛び去ると、アーロンはあらためておかしそうに笑いだした。
むしろ彼女が去ってからの方が激しく笑っており、荒い呼吸をしながら身を屈めて笑っている。

 何がそんなにおかしいのか私にはさっぱり分からなかった。
「そんなにおかしいことだろうか?」
私が口を挟んでも笑いが治まるどころか、アーロンの笑いは更に激しさを増した。

「そりゃあ、おかしいに決まっとる。そもそもの前提からしておかしいのじゃ。海龍に泳ぎ方を教える翼龍がいると思うかね? 泳ぎ方を教えてくれと言ってくる海龍も珍しいが、それで教え始めてしまう翼龍はもっと滑稽じゃ。はっはっはっはっはっは・・・」

 とりあえず、泳ぎ方を教えてくれと言っている海龍とは私を指す言葉なのだろう。

 あの後、程なくしてアーロンが飛来し、剣の稽古をしていたいきさつを話した。それなら今度はわしが魔法を教えようと言い出したアーロンに、シスレインは物好きなやつと言い残して飛び去っていった。シスレインが十分に遠く離れたのを見計らって、アーロンは「物好きなのはあいつの方だ」といって笑い始めたのだった。

 私はてっきりアーロンが私に魔法を教えてくれるとばかり思っていたが、どうもアーロン本人にはその気がないらしい。ただ単にシスレインを魔の森へ追い出す方便だったのだ。まあ、ある意味では真っ当な判断なのだろう。いずれ敵に回るかもしれない存在に稽古をつけるなど正気の沙汰ではない。

「魔法を教えてくれるつもりではなかったのか」
私は少し落胆して、アーロンに尋ねるとはなしに声を掛けた。
こう見えてもアーロンはれっきとした魔法の使い手なのだ。龍というと攻撃に特化した呪文を使いこなしそうなイメージだが、(シスレインの情報が正しいなら)アーロンは回復系と補助系の呪文が使えるはずだった。

「生まれたての翼龍に空を飛ばせようとするようなものじゃ」
アーロンはすっと視線を森の奥へと動かした。
そこには孵化して十数日の翼龍の子がいるはずだった。

鳴き声は聞こえてくるが、私は姿を見ていない。龍たちに遠慮して、雛のいるあたりには近づかないようにしていた。どんな動物でも、雛や乳飲み子を育てている最中は神経質で攻撃的になる。
正直言うと、卵がどの程度のサイズなのか、生まれたての龍がどのような姿をしているのか見てみたいという好奇心はあったのだが。

「お主とて、いくら龍の騎士といえども産み落とされた直後に歩き始めた訳ではあるまいて」

確かに、一応人間の赤子と認識されたからフォーレスの谷で育てられたはずだ。成長速度は人間とほとんど変わらなかったのだろう。そうでなければ、化け物と言われて捨てられていた可能性もあったに違いない。

「おそらくそうではあるが。だが、ずいぶん周囲の子どもからは浮いていたな」
自嘲的につぶやき、ため息をひとつ、つく。火事場の馬鹿力というやつがあまりにも強力すぎて、かなり周囲の大人たちからは厄介者扱いされていた。同年代の子どもからは怒らせるととんでもないヤツと思われて、周到に避けられるようになっていた。

「ふむ。それは仕方あるまい。人間ではないものを人間に育てさせているのじゃ。育てる方も、育てられる方にもそれなりに戸惑いはあってしかるべきじゃろう」
まるで「やれやれ」とでも言いたげに肩をすくめると、アーロンは身体を丸めて地面に横になった。

「私が人間でないということは分かった。いや、そういわれてむしろ腑に落ちる感じがしている。だた、どうにも解せないのだ。なぜ、人間でない私が人間に育てられたのだ? もし、私を産み落とした親が龍だというのなら、なぜその龍が私を育てなかったのだろうか?」

どうしようもない疑問だというのは私にも分かっている。結局、無い物ねだりでしかないという事実も。どのみち龍に育てられようと人間に育てられようと、私が異端的な存在である事に変わりはない。
むしろ、人間ではないのに人間にしか見えないのだから、早々に人間社会に放り込まれた方が得策だった面もあるかもしれない。

「龍の騎士が産まれるたびに、必ず養親となる存在がいた時期もあった。伝え聞く限りでは遙か昔、かれこれ5千年以上も前のことになる」
「えっ!!?」
私は思わず声を上げ、まじまじとアーロンを見つめた。
「それが、この間会ったときに言っていた海龍王なのか?」
「そういうことじゃ」
私の問いかけに、アーロンは伏し目がちのままうなづいた。

「歴代の龍の騎士を産み落とすのはマザードラゴンと呼ばれる龍じゃ。わしとて実物を目にしたことがあるわけではない。神の使いとして、龍の騎士の誕生と死に際して天界から地上へ降りてくるという。じゃが、お主にも想像はできると思うが、それは『龍の姿をとった存在』なのであって我々と同じような『龍そのもの』ではない」
アーロンが疑うことなく断定口調で言うには、間違いはないのだろう。
確かに、言われてみれば本当の『龍そのもの』なのであれば、一見人間にしか見えない龍の騎士などを産み落としたりはするまい。

「だから、龍の騎士が育ちきるまで地上に居続けることができない。よって養育は海龍王が引き受けていた。だが5千年ほど前から、何らかの事情で龍の騎士は人間に養育させることになった。そういう流れなのか?」
私は話を聞いて推測できることを整理して尋ねた。

「さよう」
アーロンはそれだけ答えてうなづくと、フッと鼻から火を吹き出した。

「見当はついていると思うが、海龍王とて『海龍そのもの』ではない。都合上たまたま『海龍の姿をとって地上にいる存在』だったのじゃ。しかるによって、わしら龍は海龍王とは呼ばなんだ。ムメイヤールと呼んでおる。まあ、すべてを語るにはあまりにも長い話じゃ。適当に腰でも下ろせ」

アーロンはそこで話を区切ると、尻尾で近くにある大きな木を指した。
私は遠慮なく、その大木の根元に腰を下ろした。

「私は私自身の出生なり養育なりの事情を知りたかっただけなのだが、それには相当複雑な背景があるらしいな」
何とはなしに、話を聞く前から難解かつややこしそうな感じがする。しかも、アーロンが海龍王について過去形で語っているところからして、すべては終わってしまっていて、すでにどうこうできる問題ではないらしいことも察せられた。

「これは寿命の短い人間たちにはとっくに忘れ去られてしまった遠い過去の出来事じゃ。お主とて、龍の騎士の記憶に目覚めないうちは、荒唐無稽で信用に足らぬ話と思うじゃろう。かつては我々のようなしゃべる龍の数が多く、大きさも種族もまちまちなしゃべる龍が存在した。翼龍や海龍、その他ドラゴニュートなどと呼ばれる二足歩行の文字どおりの龍人族も種族によってはこの地上にたくさん暮らしていた」

「ん? ちょっと待ってくれ。そのドラゴニュートと我々が知っている海龍人は別物なのか?」
話の腰を折ってしまうことは重々承知していたが、わざわざ「文字どおりの龍人族」と断られたことが気になって口を挟んでしまった。

「そうじゃ。ドラゴニュートはいまでも近縁の種族が地底の奥深くで生存しておる。人型の龍と思って差し支えない。むしろ獣人族の龍という方が分かるかの。人間よりやや大きめの体躯で、全身が鱗に覆われていて、角と尻尾と翼がある。人間たちの言うところの海龍人とは似ても似つかない。
海龍人はむしろお前に、龍の騎士に似ておってな。一見しただけでは人間にしか見えない姿をしている。まあ、龍の姿になることができるやつもおったが、人間の姿をとって過ごしていることの方が多かった」

ふと、ラルフとロルフに言われたことを思い出した。龍の騎士には翼が生えてくる。タチの悪い冗談だと思っていたが、あながち嘘ではないのだろうか?

「話を戻そう。遙か昔はとにかく龍の数が多かった。地上にも地底にも海底にも様々な種の様々なしゃべる龍がおった。魔族も地上と地底を問わず生活していた。人間はそのほとんどが地上でしか生活していなかったが、当時は巨人族が大勢生きていての。この巨人族は地上と地底、天上を問わず色々なところにいた」

「てんじょう???」
私はそれが何を指しているのか言葉から想像できないので、思わず聞き返していた。

「そうじゃ。その当時は魔法力と大地の力を融合させる技術が発達していて、ちょっとした大陸程度なら空に浮かべることなどたやすかったと伝え聞いている。地域差はあったが、三種族がそれなりに折り合いをつけて世界中で生きていた。十万年近く前の話だと言われている。じゃが、その平穏がある時突然崩れ去ってしまった」

大規模な種族間戦争でも起きてしまったのだろうか? 私は沈黙することで話の続きを促した。

「今の我々には、何が引き金となったのかはよく分からん。じゃが、天と大地のエネルギーに何らかの不均衡が起こった。突如として空に浮いていたすべての大陸が落下し、天から巨大な火を吹く岩石が大量に落下してきた。多くの大陸が海の底に沈み、あらゆる植物が枯れていった。地上に生きるものの多くが命を落としたが、運良く生存して移動ができる者たちは種族を問わずみな地底へと逃れた。その後、この地上は何万年にもわたって氷に閉ざされてしまったという」

にわかには信じられない話だった。そもそも真実かどうかなど確かめるすべさえない話だ。

「それは、もしかするとその魔法力と大地の力を使い間違ったことが遠因となっているのか?」
そうだとするなら、恐ろしいことだ。誰しも、こんな結果など予想せずに使っていたことだろう。

だが私の問いかけにアーロンは首を横に振った。
「分からぬ。誰が悪いというものでもなかったのかもしれん。完全に氷に閉ざされた地上世界に、唯一残っていたのが海龍を頂点とする海に生きる者たちだった。彼らは海底火山近くで息をひそめ、いずれすべての氷が溶け去ることを信じて海の氷を溶かす作業を続けていたらしい。そして彼らを率いていたのが海龍王だった。当時は海龍王ではなく、ムメイヤールと呼ばれておったがな。いわば海龍の姿をとって地上の雪解けと復興のために働いていた訳じゃな」

ため息をひとつついて、アーロンは話を続ける。

「これを我々地上に生きていた龍は『歴史の大断絶』と呼んでおる。多様だった龍の種族も半分以下に減り、全体の数も減った。比較的強靱な肉体を持っていて地底にもたくさんの居住者がいた魔族は、さほど数を減らさずにこの危機を乗り越えた。
 じゃが、人間はそうはいかなかった。いわゆる巨人種は地底の環境に上手く適応してそこそこ生き延びたが、今地上にいるような人間どもはどんどん数を減らしていった。せっかく地上から難を逃れて地底に来たが、マグマ由来のガスに魔族や龍族ほどの耐性がなかったんじゃ。
 それでも、手遅れになる前に地上の雪解けが終わり、人間は再び地上に戻っていった。それがだいたい、今から2万年ほど前と伝えられておる」

気が遠くなるような話だった。せいぜい、人間と海龍人と龍が戦った二百数十年前の戦いぐらいまでが実感として信じられる限界の歴史だ。それ以前のことはそうだったと伝え聞きはしても本当のところはどうなのかと思う。疑う理由も信じる理由もないのに信じているということでしかない。

「地上は再び居住可能にはなったが、残念ながらそれで万事めでたく上手く治まったわけではない。本当の悲劇はむしろそこから始まったと言ってよい。そこから数千年というもの、人間、龍族、魔族による三つどもえの争いが絶えることなく続いた。特に、現在生存している人間と古代巨人種の争いには、一方に龍族がついたり他方に魔族がついたりしながら熾烈な争いが繰り広げられた」

「ただでさえ人間は少なくなっていたんだろう? 一体、どうやって生き延びたんだ?」
私はアーロンから話を聞き始めた当初から不思議で仕方なかったのだ。最も脆弱と思われる人間が、なぜ魔族や龍族と対等に渡り合ったのか。なぜ滅ぶことなくここまで続いてきているのか。

「どういういきさつでそうなったのかは分からぬが、人間と龍族はさほど棲息領域がかぶらないこともあって、比較的協力関係にあった時期が長かったと伝え聞いておる。そして最大の理由は、人間の絶滅を願わぬ神々の介入があったからじゃ」

アーロンはそこで話を区切ると、私をじっと見つめた。
「ここからようやく、お前の、龍の騎士の話と言うことになる」

「私の? つまりその神の介入というものに龍の騎士が関わるのか?」

「そうじゃ。今から約八千年ほど前、龍の神、人間の神、魔族の神による三神協約が結ばれた。人間は地上に、魔族は地底に、龍は、翼龍の六群と海龍の二群を地上に、残りは地底に棲息領域を定められた。我々龍はこの決定に従い、この年を龍紀元年と定めて、以降10年に1回地上のしゃべる龍を集めた会議を持つこととした。まあそれはさておき、この決定を以降も三種族に守らせ、三種族と三界の均衡を計るため、いわば見張り番として龍の騎士が誕生したという訳じゃ」

「と、いうことは、八千年ほど前から龍の騎士は存在し始めたと言うことなのか!?」
思っていた以上に龍の騎士には歴史がない。膨大な歴史を聞かされた後ではそういう感想を率直に抱いてしまった。

「まあ、だいたいそういうことじゃ。正確にいつから龍の騎士が地上に遣わされるようになったのかは分からぬがな。この三神協約において地上側立会人となったのがムメイヤール、すなわち海龍王じゃった。そのため、以後は地上の安寧を守護し、龍の騎士の養育と指導、使命遂行の後ろ盾として働くこととなった。要するに、当面の間龍の騎士専属の養親としての役割を負うこととなった」

沈黙が訪れた。私は黙ってアーロンの話の続きを待ったが、彼はそこで口を閉ざしてしまってそれ以上話をしようとしなかった。
「いったい、どういういきさつがあって海龍王は騎士の養育を人間に委ねるようになったのだ?」
私は最も気になる核心部分をアーロンに問いかけてみた。

「具体的な事情はわしらよりもお前さんの方が詳しいはずじゃ。「思い出す」ことで知って理解できることがあるじゃろう。そもそも海龍王、ムメイヤールは龍の騎士の養親としてこの地上に存在していたわけではないからの。そしていずれはこの地上を去る予定でいて、実際に予告通りに姿を消した。彼女には彼女なりにやるべき仕事があったのじゃろう」

「えっ!? ちょっと待ってくれ。彼女? まさか海龍王はメスだったのか?」
そもそも「王」とつく以上はオス龍だと思い込んでいて、そのつもりで話を聞いていた私には軽く衝撃を受ける発言だった。

「そうか、そもそもそこから話さねばならなかったか。こりゃ、うっかりしておったわい」
アーロンはまるで「しまった」とでも言うかのように額に手を当てて天を仰いだ。
「オスかメスかと問われれば、確かにメスではある。息子を三龍と娘を一龍産み育てたはずじゃ。おそらく龍の騎士の養育を人間に委ねたのは、ムメイヤール自身が自分の子どもたちを育てるのに手一杯だったからに違いあるまい。海龍は海で育てるが、お前のような騎士は地上でないと育てられんからの」

私は深く考えもせず、「海龍王」という言葉から勝手にアーロンのようなオス龍を想像して話を聞いていた。だが、どうやら認識を改めた方が良さそうだ。
もしかするとシスレインのような獰猛なメス龍を想像する方が実情に近い可能性がある。

「アーロンは……」
直接海龍王に会ったことがあるのかと尋ねようとしたところで、森の奥から何かが飛び出してきて私のすぐ近くに着地した。
「グギャー!! グギャッ!!!」
おそらく先日孵化したばかりの龍の雛だろう。翼を不器用に動かし、もがくように飛行している。

「そろそろ、飛行訓練を始めるわ」
そう言いながら姿を現したのは、ヘドウィックと雛の母であるダナエというメス龍だ。確か、ヘドウィックの姉だったか妹だったかどちらかで、つまりアーロンの娘にあたるはずだった。

「ま、そろそろ頃合いじゃろうな。せいぜい気をつけて飛ばせろ。かなり怖いもの知らずのようじゃからの。勝手にどこに飛んでいくか分かったものではない」
アーロンはどこかあきれつつも優しいまなざしを雛に注いでいる。

雛はふらふらしつつも翼を動かして、そこそこの距離の低空飛行ができているようだった。私を物珍しく思うのか、私を中心に円を描くように飛んでいる。私は攻撃しようなどとは思わないが、ずいぶん無警戒すぎるのではないか。
私は切り株から立ち上がり、少し雛から距離をとった。

「生まれた時から翼の骨格がかなりしっかりしていたからね。通常より飛行はじめが早いし、長距離飛行にも早くなじめるでしょう」
ダナエはどこかほっとしたような口ぶりで我が子を眺めていた。たぶん、子育ての第一段階が終了したようなものなんだろう。羊で言えば乳離れの時期にあたるようなものだろうか。

雛は低空飛行と着地を繰り返しながら、「ギャーギャー」と鳴き声を上げている。

「飛べるようになるより、しゃべれるようになる方が後なのか?」
私は周囲の龍たちがあまりに普通に言葉を操っているのを見てきたので、不思議に思ってヘドウィックに尋ねた。
「言葉の習得は遅いわね。生まれてから5年程度はかかるのよ。我々翼龍には生息地域によって2系統の言葉がある。このあたりを生息域にしている龍は魔界に住んでいる龍と程度の差はあっても同じ言葉よ。もう1つ系統の違う言葉があって、主にもう1つの群で使われているけど、最近はその言葉を話す龍自体が少なくなっているわね。昔は海龍たちの言葉もよく使っていたけど、最近は海龍と全く接触する機会がなくて、使わなくなっちゃったわ。今話している言葉は人間とやりとりするために別に覚えたもの。今は龍の言葉2つと、このあたりの人間の言葉を覚えるだけでどうにかなってしまう。しゃべる龍自体の数が私が子供の頃に比べると格段に減ってしまった。悲しいことだけど、我々は滅びつつある種だとつくづく実感するわ」
ヘドウィックは一通り説明をすると、重いため息を1つついた。

「ギャー! グギャー!!」
雛は鳴き声を上げながら、飛行高度を徐々に上げていた。

「滅びつつある中で、次世代を残すという選択が正しいのかどうかは分からないけれど。とにかく将来の状況をよりよいものにできる信じて、子を産み育てるしかないじゃない。配偶がいて、産卵可能なら私はそうしていく。配偶が死んでしまって、子を産み育てることができない者もいるのだから」
ダナエは浮かない顔をしているヘドウィックに発破をかけるように、強い語調で言うと鼻から火を噴いた。

正直、「滅びつつある種」という認識が正しいのか私には分からなかった。彼らに接触したのは初めてだし、彼らの仲間が全盛期に比べてどれぐらい減っているのかを私には知るよしもなかった。
だが、私が本当に龍の騎士と呼ばれる存在で、この世にたった一人しか存在していないのなら、「滅びつつある種」という認識さえ持つことがかなわないはずだ。そう考えると、まだ「同じ種」といえる仲間がいるだけ、私などより格段にマシな状況なのではないかという気がする。

「ちょっと、気をつけて飛びなさいよ!!」
不意にダナエが雛を制する声が大きく響く。雛は飛行高度を上げたにはいいが、高度を一定に保てずにふらついて飛んでいた。

もうちょっと距離をとった方が良さそうだ。そう思った矢先に、私の頭上から雛が落下してきた。
「うわっ! のわっっっっ!!!」
私が飛び退き損ねて尻餅をついたところに、雛の巨体が落ちてきた。ちょうど無防備だった腹の上に、大人の山羊並みの体重がもろにかかってきた。

「全く、どうしようもないガキじゃ」
アーロンがあきれてものも言えないという体で、私の上から慌てて雛をつまみ上げた。

「ギャー! ギャー! ギャアー!!!」
まるで蝶が羽をつままれるように翼をつままれた雛は両手足をバタバタさせてもがいている。

「我々翼龍には龍の騎士の随伴者として龍の騎士を乗せた者たちがいた。だが、龍の騎士に乗った恐れ知らずの不届き者はおまえが最初で最後じゃろ。バラン、不具合はないか? まあ、丈夫な騎士に聞くのも無粋なことじゃろうがの」
雛とはいえそこそこの体重が腹に直撃したので、私はしばらく痛みにうめいた。

「けっこう堪えたが、問題はない」
私はふらつきながら立ち上がり、もう一度切り株に腰掛けた。

「悪いわね、バラン。この調子では、もう少し高度を保てるようになって飛行距離が伸びたら魔の森へ移動した方がいいでしょうね。このあたりは人間の生息域に近すぎる。騒ぎになって人間が集まってくると何かと厄介ごとが持ち上がりそうだわ」
「この子、警戒心がなさ過ぎよ。ある意味で見込みはあるんだけど、これでは先が思いやられるわね。騎士に対してまでこの警戒心のなさは、大物を通り越して恐れ知らずにも程があるというもの。人間を見つけたら、物珍しさから飛びつきかねないでしょう」

メス二龍の母親トークを聞きながら、つい龍の騎士という言葉に反応している自分に気づく。
やはり、龍にとって私は異質で特異な存在として認識しやすいのだという事実に奇妙な戸惑いというか、罪悪感を覚える。私のような存在が、生まれたての雛のそばにいるということは、雛にとっていい影響を与えないのではないか?

そのことも気にはなったが、それ以上にアーロンが言った「龍の騎士の随伴者」という言葉が非常に気になってもいた。それはつまり、大昔にはしゃべる龍と騎士は協力関係にあったということなのだろうか?

「アーロン。先ほど翼龍には龍の騎士を乗せた者がいると言っていたな。大昔は、しゃべる龍と騎士は協力関係を結んでいたこともあったのか?」
私がアーロンに尋ねると、むしろヘドウィックがやや心配そうな口ぶりで話に割って入ってきた。

「バラン。アーロンにあまり長話をさせるもんじゃないよ。今でさえ、かなり長話につきあっているんだから。龍の話は本当に長い。人間があきれるほど長いから、龍をしゃべらせる場合は気をつけなくては。昔はよく口の悪い人間が『龍の話は長いから、しゃべらせるものではない』と言っていたわ」
そう言われてみれば、かなり私は長時間アーロンと話していた。

「おい。余計なことを言うでない。話すべき時に話すべき存在がいて、そこで話すべき内容があるということは幸いなことじゃ。長らくこうして大昔の話を、話すべき相手に話していなかったのじゃからな」
アーロンは心外と言わんばかりの口ぶりでヘドウィックの言葉を遮る。

私はヘドウィックに言われてみて、そういえば用を足しに行っていないし、お腹がすいていることを自覚し始めた。短時間とはいえシスレインと稽古をしているし、このまま何かを食べないでいると、日が落ちるまでアーロンが話し続けるかもしれない。

「確かに、用を足したくなってきたし、腹が減ってきた。悪いが、何か食料を採集してくる」
私はそう言って、龍の三世代家族の輪からいったん離脱した。


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