第5章 長い長いドラゴンの話(3)

「かつては龍の騎士に随伴者として指名されることは誉れじゃった。わしの若い頃じゃからな。もうかれこれ2000年近くも昔のこと。その頃はしゃべる龍が今の3倍はおった。群から随伴者が出るということは、その群にとっても名誉なことで、まして息子が選ばれたとなればその父にとって大きな名誉となった。
わけてももっとも賞賛されたのは、随伴者として戦に同行して生きて帰ってこられた龍じゃった。それゆえ、大きな危険と困難が伴っていようとも、随伴者になることを望む龍はそれなりに存在した。我こそは随伴者にふさわしいと思う者は、指名された龍と戦い、自らの力を示して指名された龍に勝利し、その地位を獲得するということもあった」

遅めの昼食をとったのはすでに昼下がりの頃で、日が傾きかけた今も、アーロンの話はずっと続いていた。別に話を聞きたくないわけではなく、むしろどんな話も興味深いのだが、さすがに「龍の話は長すぎる」という意味が実感できてきた。

「場合によっては敵になる可能性がある存在に力を貸すこと。それ自体が龍にとっての余裕を表す行為だったといえるかもしれぬ。基本的に、攻撃されない限りはこちらから龍の騎士を攻撃しないという協約が、神々としゃべる龍の間には交わされておるしな。
じゃが、わしら地上にとどまることを許された龍にとっても、「現状維持」という方針と、それを守るということには大きなメリットがあった。特にわしら地上に残った翼龍は基本的に草食での。地底の環境に適応するのは大儀じゃ。まあ、地底の環境に適応した菌類やコケ類はあるがの。正直あまりうまいものではない。ひょろひょろしていて滋味がない感じじゃった」

アーロンの「うまいものではない」という一言には妙に実感がこもっていた。まるで実際に魔界へ行って食べたことがあるかのようだ。

「アーロンは魔界に行って実際に食べたことがあるのか?」

そもそも魔界とはそう簡単に行けるところなのだろうか? 翼龍として地上と空を住処とするような存在がたやすく出入りできるものなのだろうか。

「おお! 行ったとも!! 一度だけ、ほんの短い間じゃったがの。当時はアルキード水道の海底火山の火口が海面に露出しておった。ゆえに、翼龍でもやり方次第では地底に降りていくことが可能じゃった。向こうの同族とも会って話をした。やつらは地底も生活環境は悪くないと言っておったが、空に蓋がついているようなもんじゃからの。飛んで飛び心地のよい場所ではないし、水を手に入れるのも一苦労じゃし、食べ物はうまくない。やはりわしにとっては地上が一番暮らしやすい場所じゃな」

アーロンは昔を懐かしむような口ぶりでそう言うと、日が傾き書けた空に目をやった。そして昔日を懐かしむような視線を私の方へよこしてきた。

「お前も実際に行けば分かる。いや、「思い出す」と分かるじゃろう。あの頃は地上にも龍が多かったが、地底にも今より多くの龍がいての。愚かなもんじゃ。もっと互いに話をして交渉なり妥協なりをすればよかったものを。地底の龍が2つの派閥に分かれて大きな戦を展開しておった。その戦で、地底の龍はかなり数を減らした。
それを魔界では「真竜の戦い」と、真に強い龍を決める戦いと位置づけておるが、わしらから言わせれば愚かな振る舞いとしか思えんよ。この世には存在の数だけ真実がある。自分にとっては悪としか思えないような方針も、相手にとってはそれしか選択肢がない状況ということだってありうるのじゃからな」

何とはなしに、きっとこのアーロンは龍の騎士の随伴者だったのだろうという気がした。そして可能ならば、私というよりは記憶を取り戻した「龍の騎士」と話がしたいのだろうと。残念ながら今の私には彼の話し相手として十分な知識も経験もなかった。

「だが、地上でもしゃべる龍の数は減っているようではないか。海龍人戦争以外に、しゃべる龍同士で諍いになることは本当になかったのか?」

私の知る限り、大昔にはしゃべる龍がいたという話は伝承の類で耳にしたが、現にしゃべる龍に会ったという伝聞はほとんど聞いた試しがなかった。
ヘドウィックたちにしても、自らを「滅びつつある種」と位置づけていた。どういう経緯で彼らの数は減っていったのだろう。

「諍いが完全にない訳ではないがな。わしら地上に住む龍は「全龍会議」と呼ばれる集会を10年ごとに開いていての。基本的に龍同士や群同士で諍いが起きたときには、そこで話し合いをもって解決することになっておる。
ここにはかつて海龍も参加しておったし、龍人どもも紆余曲折はあったが、一時は海龍の群の一員として所属しておった。もっとも、今は翼龍が2群のみじゃ。海龍の姿はここ100年あまり見かけることがなくなってしまった。当然、会議の会場にも一切姿を見せん。おそらく彼らはすでにこの世を去ってしまったに違いあるまい」

どことなく、アーロンが海龍について言及する時に違和感のような、とげを含んだ何かを感じた。おそらく、悲しみか怒りか憤りか。いずれにしても彼にとって何か癒えることなく抱え続けているわだかまりがあるのだろう。
あるいは海龍人に関わることか、もっと直接的に龍の騎士に対する不満か。何から聞けば話してくれるだろうか。その見通しが立たないまま、私は話の続きを促す意味で質問の矛先を変えてみた。

「今でもその集会は開催しているのか?」

「無論じゃ」

私の問にアーロンは深くうなづいて即答した。

「10年ごとじゃからの、次は来年じゃ。龍紀で言うと来年は8040年。下二桁目が4で偶数年。本来なら会場はヒュペルボリア郡島の南カラビア島で、夏至を含む数日間の間に開催すると決まっておった。
じゃが250年ほど前に龍人と海龍がヒュペルボリアから駆逐されてからというもの、あそこの火山はひっきりなしに噴火するようになっての。火山性のガスが多くて会議には適さぬようになってしまった。今はもっぱら南方大陸が会場じゃ」

龍人と海龍がいなくなってから火山噴火が増えた? まるでそこに相関関係があるかのような物言いだった。

「まさか、もしかして海龍や龍人には火山をコントロールする力があるのか?」

いくらなんでもと思う一方で、そういう不思議な力を持つ者が存在していてもおかしくはないという気もした。『歴史の大断絶』の話が本当なら、海龍たちは海底火山をコントロールしながら凍結していた海を溶かしていたのだろう。

「当然じゃ。海龍たちは海底火山の熱を利用して卵を温めていたからの。適温になるようにマグマの動きや熱量をコントロールしておったわい。ヒュペルボリア周辺と南方大陸の脇にある海底火山は海龍の巣であり産卵場所でもあった。
彼らが健在のうちは海底火山もそう頻繁には噴火しなかった。手に負えないほどマグマが蓄積されたらタイミングを見てわざと噴火させておったわい。場合によっては、いつ頃噴火するから用心しろと連絡が来たもんじゃ」

アーロンはやれやれとでも言わんばかりに首を振った。
そのしぐさをみて、アーロンは海龍に対して恨みとか怒りを持っている訳ではなさそうだという察しはついた。近縁とは行かなくても、「龍」に含まれる仲間として、それなりに敬意は持っていることが感じ取れた。

「海龍というのは随分と変わった能力を持っていたようだな」

どういう原理でそんなことが可能だったのだろうか? 魔法力の類か? もっと別の能力なのか?
いずれにしても、そういう特殊な能力はこの地上を安定的に維持する上で貴重なものだったはずだ。なぜ、彼らが姿を消すことになったのだろう?

「そのとおりじゃ。彼らは海底火山をコントロールすることで、地底と地上の間の番人のような役目を負っていたんじゃよ。道さえ知っておれば、火山を通じて地上と地底を行き来することも可能じゃからの」

「なんだって!? ということは、今でも道を知っていてマグマを通り抜けることができるのならば、魔界へ行けるのか!?」

この地上の遥か下、地底には魔界と呼ばれる世界があって、龍や魔族が居住しているという話は伝聞として聞いてはいた。だが当然ながら実際に行ったという人間などいやしないし、本当に実在していて到達可能な場所なのかどうかは疑わしいと思っていた。

「無論じゃ。海龍の協力があればかなり簡単に到達できる。彼らは一時的にマグマを冷却して固形化することもできたからの。龍人どもが使っていた音を操る特殊技術も、海龍たちのこの能力に端を発していた。やり方次第では人間や我々翼龍にも使える技術じゃったが、創始者兼開発者が死んでからというもの、この地上ではほぼ失われた。地底ではいまだに使える龍が生き残っているようじゃがな」

「か、かなり簡単に到達できるだと!?」私はかなり驚き、思わず大声でアーロンに問いかけた。「そ、それでは海龍がいた頃は地上側から魔界へ行くことがかなり簡単にできたと言うことなのか!? 逆は、逆はどうなのだ!? 海龍がいなくなった分、魔界から地上へ来ることは簡単になったのか? それとも困難になったのか?」

もし、魔界から地上へ通り抜けやすくなってしまったというのなら、魔族や龍が大挙して地上に出て来てもおかしくはないはずだ。

「それは出て来る者の種やレベルにもよる問題じゃの。そもそも強い魔法力を有しておって、マグマをものともしないようなバリアを張れる能力があるなら、海龍が居ようと居なかろうと地上に出て来るじゃろ。
だが、そういう能力がなくいわば力業で地上に出ようとするなら、海龍の能力は厄介じゃろうな。海龍と同じ系統の力を使って地上に出ようとする者にとっても厄介に違いない。やり方次第では、おそらく力を打ち消されてしまう」

「力を打ち消される!?」

「そうじゃ。ああ、言い忘れておったが、地上から魔界へは簡単に行ける訳ではなかった。海龍たちにその実力を認められ、力を貸すに値すると判断されなければ協力は得られなかったからのう。単なる好奇心とか、さして力がある訳でもないのに腕試しなどという目的で協力を頼もうものなら、その場でコテンパンにのされておしまいじゃ。ははははははははははははは・・・」

何かを思い出したのだろう。アーロンはけっこうな勢いで笑いだして、そのまましばらく笑い続けていた。

地上と魔界の境界としての火山とマグマ。それを一定の状態に維持管理していた海龍。そして、その海龍はおそらく今はもう絶滅して存在しない。地上から魔界へ降りることは困難になり、魔界から地上へ出ることは容易になった。アーロンの話を総合するとこういうことになる。

それが神々からの指示だったのか、海龍としての使命だったのかはいまいちよく分からない。だが、地上と魔界の境がゆるくなり、地上の安定した平和な状態が危ういものになったことは確かなのだろう。

「なあ、何で海龍たちは姿を消してしまったんだ? やはり海龍人戦争に端を発する諍いか? それとも海龍の存在を疎ましく思った何者かが絶滅させたのか?」
私は直球の質問をぶつけてみた。何かこの問題にはアーロンの側にわだかまりがあるようで、彼の言葉の歯切れが悪い感じがする。
同時に、龍人に関する話題を避けているようにも思われる。

「まあ、原因は1つではない。人間たちのいう海龍人戦争で海龍にも相当数の死者が出たことは間違いなかろう。じゃが、その後のことに関してはわしらではよく分からん。むしろ、お前が「思い出した」記憶の方が正確じゃろうと思っての」

「私が「思い出した」方が正確だと?」
うまくはぐらかされたような気分になって、私は少しイラッとした。そのことが伝わったのだろう。アーロンはどことなく申し訳なさそうな口調で話を続けた。

「そうじゃ。お前以前の龍の騎士は血眼になって龍人や海龍の行方を追っていた。その所在をつかんだかどうかは知らぬがな。そしておそらくは、地底に住む龍の一族が龍人や海龍を攻撃していた痕跡をつかんだのではないかと推測しておる。これはあくまでわしらの推測じゃがな。
それと、わしらの立場から言わせてもらうと、どうしても龍人を非難したくなるのでな。それはあくまでわしらの立場からの見解じゃ。身内といって差し支えない立場のお前が聞けば不愉快にもなるじゃろうと思うて、あまりしゃべりたくないのじゃ」

何らかのわだかまりはあるが、それを口に出して言わないのがアーロンなりの思いやりということなのか。
私はそのわだかまりがどこにあるのかを知りたいと思ったが、あえて言わないというアーロンの考えを尊重することにした。これについては、相手が話してこない限りはこちらからはもう聞くまい。

「そうか。ありがとう。それなら、「思い出す」までの楽しみとしておくことにする」

「とはいえ、まだまだ聞きたいことはあるのじゃろう?」

確かにもっと聞きたいこと、気になっていることはあった。海龍の火山をコントロールする力、それに端を発するという龍人の特殊な能力。そもそもどうして海龍人戦争が起きたのか。海龍王一族の家族構成とか、歴代の騎士が付き合っていた龍人の情報などなど。
だが、このままではたぶん、夕食を食べずに日没になってしまう。
「聞きたいことはまだあるが、まだ日のあるうちに食事をとっておきたい」

 

 

「龍人どもはその音をあやつる特殊な能力を『スカアラ』と呼んでおった」
結局、ぎりぎり夕食を食べてから日没を迎えたが、アーロンの話はまだ続いていた。いや、もちろん、私が聞きたいと言ったのではあるが。
さすがに「龍の話は長すぎる」というヘドウィックの忠告が大げさでも何でもないことを知った。

「確か、人間の言葉に翻訳すると「音階」という意味になるはずじゃ。わしなどより、お前が「思い出す」ことによって得る知識の方が正確かつ膨大じゃろうな。
この力はそもそもは海龍たちに生まれつき備わっている力で、それを応用して多様な使い道を作ったのがムメイヤールだったと理解しいている。それが世間一般にある程度知られるようになるまでには、色々とすったもんだがあったようじゃがな」

この顛末については、本質的なところはアーロンも詳しくは知らないようだった。私が「思い出す」方が早いということをたびたび繰り返した。
「とにかく、一度このスカアラは本格的な応用と普及に失敗しておるのでな。ムメイヤールの第三子がこの力をうまく使いこなせずに力の暴走を招いたと伝わっている。そして、そいつを殺害して暴走を止めたのが龍の騎士だったと。そういう経緯があって、12系統のすべての力を使えるのはムメイヤールをおいて他にいなかった」

とにもかくにも、音階(スカアラ)には12系統の力があるらしい。実際のところ、どんな能力でどのようなことが可能なのかと聞いても、さっぱり要領を得ない。そもそも音をあやつることで様々な現象を引き起こすと言うことがどういうことなのか私には理解できない。

「かなり後になって、ムメイヤールは再び人間との間に息子を儲けた。それが人間の間で「海龍王の末子」と呼ばれ、悪名高い炎天と呼ばれる龍人じゃ。むろん本名ではない。シスレインに聞けば分かるんじゃが、本名は何と言ったかの? シスレインは卵の頃からこやつのことを知っておったわ。ムメイヤールはこの息子に12系統の力のうち、11系統まで伝授した。そしてこやつを世界各地に遣わしてスカアラの普及に努めた」

「何度も聞いて悪いのだが、それは魔法と本質的にどう違うのだろうか? 魔法力とは関係のない力なのか? 海龍は単独で使える。龍人は単独で使えるやつもいる。人間が使う場合、種類はともかく龍の手助けがいる。そこまでは何とか分かったのだが」
私は話の腰を折ることを承知で、どうも理解ができない部分を重ねて質問した。

魔法力とは違うなら、どういう条件で使えるのか。すべての人間が習得すれば使えるのか。使える力の系統に差があるのか。そもそも、どういう動機で海龍王はこの力の普及に努めようと思ったのだろうか? 聞けば聞くほど私にとって謎が深まっていく。

「魔法力とは異なる力じゃ。魔法のように魔法力が切れて使えなくなるという事態は基本的に起こらぬようじゃった。わしがお前に初めて会った時、身にまとう「音」でお前が龍の騎士であると分かると言ったことを覚えておるかの?」
確かにアーロンにそんなことを言われて、訳が分からんと思った記憶がある。私は黙ってうなづき、話の続きを促した。

「この世に存在するあらゆるものは、固有の音がある。鉄には鉄の、岩には岩の音があり、人間には人間の、龍の騎士には龍の騎士の音がある。この音にはもちろん個体差があるがの。我々龍はそこを聞き分けるだけの聴力を持っている。そしてスカアラ使いは、この音そのものに介入することで特定の現象を起こす。
たとえば、海龍たちはマグマの音に介入することで、固形化させたり液状化させたりしながらマグマそのものの動きをコントロールするらしい。これは応用次第で恐ろしい力になる。海面を凍結させることもできるし、鉄の刃を溶かすこともできる」

ようやく、おぼろげながらもアーロンが言わんとしていることがつかめてきた。スカアラを使いこなす前提として、すべてのものには人間には聞き取れない固有の音があると理解していること、それを聞き分けられる聴力があること、これら2つの条件をクリアしていなければならないのだ。だから、聴力が人間よりも優れている龍の力を借りる必要があるのだろう。

「その、音に働きかける力は魔法力ではないのだな?」
「ああ。完全に異なる力と言いきれるるかどうかは微妙じゃな。海龍はそもそも魔法を使わない。スカアラで使われるのは、いわゆる闘気と魔法力が分化していない力じゃった。人間に限って言えば、伝授しようにも素質のない者は全く使えないようじゃったな」
ふと、シスレインにいわれた言葉が脳裏をかすめる。

――龍は・・・闘気と魔法力がはっきりとは区分けされない渾然一体となった状態で体内に存在している。
――龍の騎士もその点は似ている・・・。

やはり、龍の騎士は海龍ともある意味では近縁なのか。

「海龍王はその力を息子の炎天に伝授して、炎天をとおして人間や龍に普及させたと言ったな。アーロンはそれを実際に目にする機会はあったのか? もしそうなら、なぜ炎天はその力を悪い方向に使ったのか? 力と富を独占するような振る舞いをしたのだろうか?」
私の問いに、アーロンは何かを考えるようにしばらく沈黙した。いや、言うべき言葉を選んでいるといった方が正確なのかもしれない。

「良いとか悪いとか、善悪だとかは、その力による弊害や恩恵を受ける者の立場によってかなり違ったものになってくる。まず、1つ目の問いへとわしが答えられるのはそういうことじゃ。2つ目、力を独占するということについても、やはり立場次第ということになるかもしれん。
あやつはしばらくの間、主に翼龍の群の要請を受けて世界各地を転々としていた。ところが、人間との間に何らかの諍いが起きたようでな。ある時期からヒュペルボリアの西端にあるアナンバレス島に腰を落ち着けてしまって、以前のように各地を渡り歩くことをしなくなった。
その後、そこは音階研究所と呼ばれるようになり、龍とともにその力の伝授を求めて訪ねてくる者には指導をしていた。だがすべての者がそこに来られる訳ではない。当然、そういうあり方に不満を持つ人間は一定数存在したじゃろうな」
アーロンがかなり言葉を選びながら話していることが、しぐさや気配から察せられた。

どうやら、人間の間で伝わっているほど、炎天が悪い龍人と見なされている訳ではないうことがはっきりと分かった。少なくともしゃべる翼龍たちの間では。

「人間は、特に炎天が富を独占したというようなことを言う。じゃが、人間と龍や龍人の考える富という概念には、かなりの違いがある。おそらく、オーレリアの連中と炎天を混同しているというか同一視しておるのじゃろう」
「オーレリア?」
聞き慣れない言葉が飛び出したので、私は思わずおうむ返しで尋ねた。

「さよう。ヒュペルボリア群島の東側にそう呼ばれる島があっての。人間と海龍と龍人が渾然一体となって居住していた。季節によっては翼龍も何頭か生活していたし、わずかではあるが地底人もいた。暖流が流れ込むこともあって、北方の割には温暖でな。ミスリルなどかなり珍しい鉱物を採掘できる鉱山があったらしい」

ミスリルというと、かなり希少価値の高い金属だ。伝説の武具の材料とされたオリハルコンほどではないにせよ、鉱脈が見つかれば相当な富を生む宝の山だろう。
「つまり、それが原因で炎天や龍人は富を独占していると見なされたのか?」
もしそうなら、半分言いがかりのようなものではある。たまたま住んでいるところにミスリルの鉱脈があったというのならなおさらだ。

「半分は当たっているじゃろうな。先ほど説明したように、スカアラを使える者がいれば非常に採掘や加工が容易になる。つまり、端からはさしたる苦労もなく採掘可能なように見えるのじゃ。そして、実はもっと採掘可能なのに隠しているのではないかという疑いがかけられるようになる」

私は思わずため息をついた。私が伝え聞いているほぼすべての話が、全部人間にとって都合のいい視点でのみ語られてきたものだということを、まざまざと思い知らされた気分だった。

「まあ、そこに居住していた人間はいい。別に龍人どもが鉱山やそこから採掘される鉱物を独占していた訳ではないことをよく知っていたからな。そもそも彼ら龍人が求めていたのはミスリルではなく、全く別の鉱物だった。スカアラを使う際に力を収束しやすいとか、そういう特性があった鉱物のはずじゃ。武器としても、宝飾品としてもさしたる価値のないものでの。たやすく曲がってしまう変な鉱物じゃった。名前は何と言ったか・・・忘れてしまったわい」
――歳をとると記憶が怪しくなっていかんのう。
アーロンは小声でそうつぶやきながら右手で頭をかいている。

「では、富を独占しているなどというのはほとんど言いがかりに近いということなのか!?」

「まあ、このスカアラという力そのものが龍人が開発して利用していたものじゃからな。そもそも人間には利用しにくい。人間が使いこなせぬ力を使って、大儲けしているように見えたのじゃろう。
ヒュペルボリアには多大な富があると勘違いした一部の人間が、龍をけしかけてオーレリアを襲撃した。そこから事態が非常にややこしくなっての。人間対龍人の戦いにとどまっていたならここまでこじれなかっただろう。
この事件で何人もの龍人が死に、人間の口車に乗って同行した龍が炎天によって返り討ちにあった。あいつはスカアラを使わせたらこの世で右に出る者がない実力者じゃからの。ほとんどの龍をたった独りで潰した」
ほとんどの龍をたった独りで潰した。その強さを想像するだけで背筋に冷たいものが走る。シスレイン一頭に苦戦しているようでは話にならないではないか。

「当時、龍人も世代によっては龍と同等の扱いを受けると全龍会議で決められておっての。法律上は龍と龍同士の戦いと言うことになって、会議は紛糾した。最終的に龍人を追放するということで会議はまとまった。
いや、まとまらないから少数の厄介者を追い出して終わりにしたというのが正直な結末よ。情けないのう。もう龍としての結束だとか、種を越えた連帯などと唱えても聞く耳を持つ者はいなかった。龍にとっても大きな事件で、群同士の亀裂が深まり、結果的にあの事件が龍社会を分断してしまった」

アーロンは深く大きなため息をついた。人間に対しても龍人に対しても思うところがあるが、今はあえてそれを口に出さないというつもりのようだった。

確かに、普通に考えてもややこしい事態にはなりそうだ。

人間側としては、昔話によくある黄金を集めている龍を退治するようなつもりだったに違いない。
ヒュペルボリアに向かった人間は、欲深い悪しき龍を退治して、人間に富をもたらそうとする勇者という扱いだろう。そうである以上は、龍も龍人も徹底的に悪という認識になるはずだ。だからかなり後の時代になっても、龍退治とか龍人退治の話は英雄譚として語り伝えられている。

そして龍たちの立場を考えれば、お門違いなとばっちりもいいところだったはずだ。元来、龍は鉱物など必要としない。龍人とセットで人間から敵視されるのもいい迷惑だっただろう。
一部の龍が、人間によって龍人に対する反感を煽られて龍人襲撃に荷担したものの、それは結果的に群と群の対立に進展した。人間と深く関わることで仲間同士の亀裂を生んでしまったのなら、人間とは関わりを絶つという考えに傾くのも無理はない。そして、龍人ごと人間との関わりを絶つというところまで話が進んでしまうのも想像はできる。
とはいえ、何のかんのと言って両者の間に挟まれた龍人が1番割を食っていそうだ。

「しかしなぜ、その龍内部の対立は、龍人を追い出しただけでは解決しなかったのだ?」

「彼らムメイヤールの一族は文字どおり龍と人間との間に深く食い込んでいたからじゃ。ムメイヤールの第一子は海龍を妻に迎えて海龍とともに生活していた。一方、第二子にあたる娘は人間との間に三人の子を、翼龍との間に二頭の子を儲けた。その翼龍との間に生まれた者たちは、龍人の追放後も翼龍の群にとどまっていた」

「ちょっと待ってくれ、そんなことが可能なのか?」
人間との間に子を儲けて、翼龍との間にも子を儲けただって!? 一体どういう姿をしていてどんな身体の構造をしていたのか?

「別におかしなことではあるまい。彼女、東雲(しののめ)は人間に似た姿にもなれるし龍の姿をとっていることもあったのじゃ。龍のメスとしては相当なべっぴんじゃったわい。かくいう龍の騎士だって事実上配偶関係を結んでいた時期もあったはずじゃ。いわば乳兄弟。血の繋がっていない妹じゃからの」

そんなことを言われても、全く想像なんてできない。

「ヒュペルボリアに定住していたのは、この東雲が人間との間に儲けた子とその子孫にあたる龍人の一部じゃ。彼らとて一枚岩ではなかったがの。炎天は途中からこの連中と関わりを持つようになった。
おそらく騎士が最も親しく付き合っていたのはムメイヤールの第二子の東雲と末子の炎天だったはずじゃ。乳兄弟で海底ではなく地上で暮らしていたからな。龍の騎士の力に目覚めて「思い出す」ことができたら会いに行っていたに違いない。しかし両名ともすでにこの世にはおらぬ。
生き残っている可能性があるとすれば、東雲が翼龍との間に儲けた2人の子じゃろう。兄がシュヴェード、その妹をアズラという。彼らが所属していた群は居住場所を地底に変えたと聞いているが、その後の消息は聞かん」

私は頭を抱えた。魔界まで探しに行かなくてはならないのか。そもそも、そんなところに居住している龍と友達になれる気がしない。これでは仲間なり同族なりは存在しないに等しいではないか。

結局、アーロンの長い長い話は翌日いっぱいまで続いた。魔法を教えているのではなく、長話をしていることがシスレインに伝わり、「いい加減にしろ!」と言われて打ち切られた。


〈筆者コメント〉

アーロンじいちゃんのお話は長すぎるorz


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