第4章 再訪(3)

「兄貴!? 戻って来ていたのか!!?」
 突然小屋の向こう側から野太い声が響いてきたのは、私が山小屋に戻った翌々日のことだった。
 声の主は峠向こうの山陰に居を構えているアレックスという男だ。なぜかよく分からないが、オーランドのことを兄貴と呼ぶのはこの男しかいない。私は小屋の裏手から表に回り、声の主を確認した。

「アレックスさん!」

「バラン! お前か。お前が戻っていたのか」
きわめて意外といった風情で、アレックスがこちらを眺め回してくる。
「剣術の修行をすると言って飛び出していったそうじゃないか。まさか修行がキツくて逃げ出してきたのか? お前らしくないじゃないか」

 アレックスは相も変わらず歯に衣着せぬ物言いで私をからかってきた。彼は30代半ばで、山暮らしの男には珍しくかなり若いうちに結婚していて2人の息子がいると聞いていた。なんでわざわざオーランドを訪ねてきたのか。

「オーランドなら、私が帰ってきた時から不在です」
私はいぶかしく思いつつもオーランドの姿が見当たらないことを率直に告げた。
「そんなの言われるまでもなく知ってらあ。お前が帰ってくる前から姿が見えないんだよ。どこに行ったか見当もつかないし、姿が見えなくなってからかなりの時間がたってるからな。一応、心配して定期的に小屋を訪ねてきているんだ」
 アレックスの口調はぶっきらぼうだったが、明らかにオーランドのことを心配している気持ちが言外から読み取れた。
「かなり前からいないだって!? いつぐらいから出かけているんです?」
「1ヶ月半ほど前に水場で会って挨拶を交わしたのが姿を見かけた最後だ。その10日ぐらい後に塩を分けてもらおうと小屋を訪ねたら不在だった。気になって何度か小屋に来たんだが、戻って来ている様子がなくてな」

 1ヶ月半前と言えば夏の終わり頃だ。狩りのために長期的に小屋を空けるにしては早すぎる。

「もしかしたら、炭焼き小屋の方に行っているのでは?」
 いくら何でも仲間に行き先を告げずに蒸発したとは思いたくない。私は、考え得る可能性を探して思考をめぐらせた。
「むろん、そちらにいるかと思って様子を見に行ったさ。でも、オーランドか来ている形跡はなかった。考えられるとしたら、お前に会いに出かけたのではないかと思っていたんだが・・・」
 話せば話すほど最悪の状況を想定せざるを得なくなる。それ故、アレックスの口調は次第に尻すぼみになっていった。
「私に会いに来たというなら、少なくとも行商人のゼオルムに居場所を尋ねているか、彼に同行して出かけたはず。ゼオルムが直近でこの辺りを通ったのはいつ頃ですか?」
 私の問いかけにアレックスの顔がさっと青ざめたのをみて、何となく答えが分かってしまった。
「先月だ。だから・・・オーランドはゼオルムと接触していない可能性が高い」

 アレックスは次第に青ざめていったが、私はむしろ冷静だった。ただ単にどこかに拠点を移しただけなのではないかという気がしていた。目的は・・・おそらく私と二度と会わないために。
「そう心配することもないだろうと思いますよ」
私は幾分覚めた口調でアレックスを宥めた。
「ただ単に、私にもう会いたくないから拠点となる小屋を別の所に設けてそちらにいるってこともあり得るでしょう」
「そんなことはあり得ん!!」
アレックスはまるで激高したように大きな声を上げた。
「我々山人は過酷な自然状況の中で暮らしていくために、拠点の移動をする時は必ず互いに声を掛け合う。小屋の場所だって、旅で峠越えをする者たちのために冬場に難所となる辺りを挟むようにして建てているんだ。無許可どころか挨拶さえなく姿を消すなんてよほどのことがない限りはやらん。だから・・・お前に会わなければならない緊急事態でもあったのではないかと気をもんでいたのだ」

 私に会わなければならない緊急事態? 半ば呆然としてアレックスの言葉を反芻する。オーランドにとって一体何が「緊急事態」となりうるだろう。
 私は確かにオーランドの養子として6年あまりともに暮らしてきた。でも、オーランドについては全くと言っていいほど知らない。どこで生れたのか、両親や兄弟はいるのか、山人以外に付き合いのある人間がいるのか。
 もしどこか遠くに親族がいて、何らかの手段で訃報連絡が来たなら長期的に小屋を空けることだってありうるかもしれない。
「オーランドの親族から、危篤とか訃報だとかの連絡が来たって可能性は?」
「親族も何も、あいつは身寄りなんてないはずだ」
静かにため息をつくと、アレックスはゆっくりと首を振った。
「えっ? 本当にいないんですか!?」
 引き取られてきてからしばらくして、私はオーランドに何度か尋ねたのだ。他に家族はいないのかと。だがオーランドは「皆とっくの昔に死んでしまって誰もおらん」とだけしか答えなかった。
「とにかく、山人全員に声を掛けて捜索開始だ。山中で足を痛めて帰ってこられずにいる可能性も捨て切れんからな」

 アレックスが顔見知りの山人全員に声を掛けて山狩りが始まった。と言っても目的は40過ぎのおっさん1人。ヘタをすると見つかっても死体になっている公算は大きい。ヒグマは冬眠前に栄養を蓄えるために活動範囲を広げているはずだし、この辺り一帯を縄張りにしている狼の群も数グループいる。
 もし、山中で不慮の事故に遭っているとしたら、死体が見つからない可能性は極めて高い。身につけていた服とか持ち歩いていた道具が見つかるかどうかだろう。
 でも私はその時点では、オーランドが山中で死んでいるとはつゆほども考えていなかった。
ただ単に、どこかに出かけただけなんじゃないかと思っていた。

「お前はフォーレスの谷に行ってオーランドの消息を聞いてこい」

 最悪の事態を想定して、少しでも私のショックを和らげようとしてくれているのか、アレックスは私を早々とフォーレスの谷に送り出した。

 はっきり言って全く気が進まなかった。

 私は、オーランドに引き取られてからというもの、全くフォーレスの谷に顔を出さなかった。札付きの危険なガキとして厄介払いされるように谷を出てきたのだ。そういう事情をうすうす感づいていたらしいオーランドも、私が谷に行くことを禁じた。
 とはいえ、オーランドは谷に顔を出していたはずだ。狩りで仕留めた毛皮や獣肉、山で採取したきのこや果物に薬草、炭焼き小屋で作った炭、冬期の副業として編んでいた籠や木製品などを谷で小売業を営んでいる者に卸していたからだ。

 でも、そこそこ品質のいいものは行商人のゼオルムに卸していたみたいだったが。
 ゼオルムが持ってくる品物は近隣では手に入りにくい海産物の干物や燻製が多かったし、とりわけリンガイア産の蒸留酒をオーランドは楽しみにしていた。

 一見閉鎖されているように見える山の暮しの方が、直接的に遠方とつながっているのだ。谷という閉鎖された空間の村社会などは、山の暮しを知ってしまうとうっとうしいことこの上ない。清浄な空気が吸えないような、変な息苦しさを覚えるのだ。

 オーランドに連れられて谷を後にして以来、一度も歩くことがなかった山道を下る。7年ぶりだが、特に感慨のようなものは湧いてこない。この谷以外の世界を知らず、今思えば窮屈な環境にいたという実感と苦い記憶がよみがえるだけだ。
 特にエレミアが嫁いでしまってからは、常に落ち着かない毎日を送っていた。常に不安で、同じ場所に住んでいるはずなのに居場所がなくなったような感覚に襲われ、奇妙な居心地の悪さにつきまとわれていた。窮屈な思いをしているのだということにさえ気づけないほど、私にとってこのフォーレスの谷という村社会は窮屈だったのだ。

 ここにいたくないのなら、外に出て行けばいいという単純なことさえ考えつかなかった。まだ10にも満たぬ子どもであったから、当然といえば当然かもしれない。一応体だけは大きくなり、成人として認められる年齢に近づきつつある今では、出て行こうと思えば出て行ける先があることは知っている。
 それでも、やはりここに戻ってくるとどうしようもなく気詰まりな感じがしてくるのだ。まるで、この狭い社会から爪弾きにされたら生きていくすべがないと思いこんでいた子どもの頃に戻ってしまったような気分だ。

 峠から伸びている道を下り、ほぼ90度方向が変わる急カーブを折れると、一気に視界が開けてくる。谷を貫く本通りに出たのだ。はっきり言って、7年前にここを出た時とさして風景に代わり映えがない気がする。2つの山地に挟まれたU字型の谷のほぼ谷底に位置する村は、商用などで南北を行き来する旅人が通過する以外に、人の出入りがほとんどない。

 エレミアのように他所に嫁いだり、縁あって他の土地から嫁をもらったりすることはあるが、記憶にある限りそういうことがそう頻繁にある訳でもなかった。まして牧畜と林業とお世辞にも広いとは言えない土地で耕作をすることでどうにか生活しているような田舎の村になど、移住者などがやってくることは皆無のはずだ。

 そんなとりとめのないことを考えながら、私は村の中心部にある村長の家を目指して歩いた。

 この村はほぼ四方を山に囲まれていて、北の赤土峠を超えると南リンガイア平原へ、南の潮見峠を越えるとテラン北部の森へと抜ける。東はギルドメイン山脈の中央部にぶつかるので行き止まり。西に行けば南リンガイアの半島部にある漁村に出るらしいが、ほとんど人の行き来がない。何でも、相当古い時代には塩や乾燥させた海産物などを売りに来る行商の者が頻繁に行き来していたことがあったらしい。
 だが何代か前のリンガイア王が、リンガイアとテランを結ぶ街道を整備してからその山道はほとんどすたれてしまったと聞いている。言うまでもなくこうした情報を耳にしたのは、谷を離れて山人達と生活するようになってからだった。各地を行き来する行商と直接的に取引をする場面に立ち会うことで、物や人がどのように流れているのか、領主やそれを統括している国家がどのような政策をとっているのかが直接的に耳に入ってくる。

 おそらくこうした情報は、村の中にいる場合、仲買を通さずに市場にでも出向かないと入っては来なかったのだろう。そもそも当時養父だったフレッドはそういう付き合いを好まず、農産物を買い付けにくる商人の言い値で売り渡してしまうことがほとんどだったようだ。葬儀の場で、「変わり者で付き合いが悪いやうだったが、欲のない男だった」と参列者に言われていたことは覚えている。

 世間の事情に詳しくなる前にこの谷を去っていたが、山人の元で暮らし道場で住み込み暮らしをした今になって思い返すと、自分がかなり特殊な環境で育っていたことが分かる。
 父親というにはかなり年配の養父と、その娘の元で養育された。
 エレミアは養母と言うには歳が近すぎ、乳兄弟と言うには年が離れすぎていた。そして母親代わりをしてくれたエレミアも、私が5歳の時にはこの谷を出て行った。

 集落からやや離れた高台に居を構え、村の中ではかなり浮いた存在だったフレッド。そしてその娘エレミアが奇妙ないきさつで拾ってきた身元不明の赤子。しかも龍がどこからともなく咥えてきたらしい乳飲み子。そういう特殊な立場にいた私は、閉鎖的な村社会では得体の知れぬ厄介者でしかなかった。
 友人だとか、幼なじみと呼べるような存在も出来ずにここを去っていった。別に後悔も感慨も湧かないが、人との関わりを経験しないままこの歳まで過ごしてきたツケを今まさに払っているのかもしれない。

 村長の家は私がここを去った7年前とほとんど変わっていなかった。
 レンガ造りの2階建てで、谷を縦断する街道から南に折れる道を進んだところに建っている。玄関周りの花壇には、恐らくおかみさんが手入れをしているのであろう、色とりどりのコスモスが咲いていた。
 村長の一家や、農産物取引所の親方、谷の西側で大規模な果樹園を経営する一家は、リンガイアからこの谷に最初期に移住してきた一族だった。一応寄り合いがあり、合議制の体はとっているものの、実質的に谷はこの3つの一家が中心となって動いている。あらゆる情報が集積する場所が市場に併設された農産物取引所であり、公式なルートで情報を得るのなら村長に話を通すのが筋だ。
 むろん、こうした暗黙の了解を知ったのは谷を出てから、山人達に教わったのだ。昔は不思議だったが、外部に出てみなければその組織の本当の実態はよく分からないものなのだろう。

 村長の家のドアの前に立って、ふと、以前ここに来たのはフレッドが転落死したことを伝えに来た時だということに思い至る。今度はよりにもよって行方不明になったオーランドの情報を尋ねにきている。
 何だか、この時になって非常に嫌な予感がしてきた。それまでは、オーランドがたまたま長期間どこかに行っているだけだと思い、命にかかわるような事態ではないだろうと考えていた。微塵も不安はなかった。
 だが、かつての養親の死を思いだしたせいなのか、村長の家のドアをノックする気になれなくなった。漠然と、ここで得られる情報はないという嫌な予感がしてきたのだ。おそらく、オーランドはここに顔を出していない。なぜか分からないが、そんな予感があった。
 それでも、ドアの前でただ突っ立っているわけにもいくまい。そう思って、真鍮製のドアノッカーを3回叩いた。コトコトと足音を立ててドアの向こうから現れたのはおかみさんだった。

「かつて高原(たかはら)に住んでいたバランだが・・・」
「ええっ!!!? バラン!? あなた、バランなのね?」
 こちらが用件を切り出す前に、おかみさんは素っ頓狂な声を上げてまじまじと私の顔を見つめた。
「ええ、実は・・・」
「ちょっと待っていてね。 あなた! 大変よ!」
 用件さえ聞かずに、おかみさんは慌てたように奥へと引っ込んでしまった。
 まったく何が「大変」なんだ。厄介者が戻ってきたからこれから警備でも強化しようというのか。

 私はここを訪れたことを激しく後悔した。分かりきってはいたが、やはり私は歓迎されざる存在なのだ。思い返してみれば、かつてここを訪れた用件はどれもこれもろくなことではなく、ほとんどは力加減を間違えて幼なじみに怪我を負わせた時だった。村の顔役と神父からこんこんと説教を受けた記憶しかない。その最後の用件がフレッドの訃報伝達だったわけで、私がここに来るということはろくでもないことが起きたということと同義なのだ。
 ほどなくして家の奥から、村長だけでなく取引所の親方まで現れたところを見ると、何らかの会合中だったのだろう。
「バランか? すっかり大きくなって、見違えたな。とにかく中に入れ、色々聞きたいことと聞いておかねばならぬことがある」
現れた村長は開口一番そう告げると、やはり私の用件を聞かずに私を奥の部屋へと引っ張っていった。聞きたいことがあって訪ねてきたのはむしろ私なのだが。

 大きな暖炉がある居間に通されて指示された椅子に座ると、村長が待ちかねていたように話を始めた。
「村を出て行ったっきりまったく音沙汰なしだったからな。ずいぶん気をもんでおったんじゃよ。お主、今までどこで暮らしておった?」
「どこも何も、オーランドと一緒に山小屋暮らしをしていましたが・・・」
私は質問の趣旨がつかめなかった。オーランドに連れられてこの谷を出て行ったのは見送った村長たちがよく知っているはずなのだが。
「本当にオーランドと暮らしていたのか?」
「もちろん、それは皆さんもよくご存じのはずでは・・・。そ、それより」
「オーランドからエレミアの所に連絡を入れるようにいわれなかったのか!?」
 不意に、脇で話を聞いていた親方が口を挟んだ。
「えっ!!? どういう意味ですか? 私からエレミアに連絡をする?」
意味も意図もわからない質問に、私はおうむ返しで聞き返してしまった。エレミアの所に連絡を入れる? 私から?
「そうだ。エレミアはお前のことを探し続けていたんだぞ! 我々からはオーランドという木こりに引き取られたこと、そのうちバラン本人から連絡が行くはずだと伝えていた。しかし一向に連絡が取れなかった」
「ちょっと待ってください! 私はそんなことまったく聞かされていません!」
とんでもない話を聞かされて私は混乱していた。
 エレミアからも谷の人間からも今までまでまったく接触がなかった。私から接触したから再会がかなった。それは、当然ながら私に会いたいと思う者など皆無だからだと思っていた。
 だが驚いているのは私だけではないらしい。村長と親方は互いに目を見張っているし、お茶を持ってきたおかみさんもテーブルにカップを置く手を止めてしまっている。

 何とも言えない沈黙の後、親方が口を開いた。
「お前が引き取られて間もない頃、オーランドが谷の市場に姿を見せた時には、エレミアに連絡を入れるようバランに伝えてくれと私から何度か話をした。その時は「分かった」と言っていたのだ。だがエレミアにはまったく連絡が入らなかったらしくてな。両親の命日に帰省するたびにお前の行方を聞き回っていた。私やリカルドなどが何度かオーランドの居る小屋を探し当てようとしたんだが、お前を引き取った後に拠点とする小屋を移してしまったようでな。我々からはオーランドやお前に接触ができなかった」
 それは、つまり、エレミア側からは私に何度か接触を試みていたということだ。では、オーランドは一体なぜ、私にエレミアへ連絡を入れるように伝えてくれなかったのか?
「だから我々としては、お前がすでにオーランドとは別に暮らしているか、お前があえてエレミアに連絡を入れていないのかと気をもんでいたんだ。どうやら、オーランドが我々の伝言をもみ消していたということだったようだな」
村長はそう言い終えると大きなため息を一つついて腕を組んだ。
「そ、そんな! 一体なんでそんなことを!?」
本人が居もしないのにそんなことを聞いても無駄だが、私は思わずそう叫んでいた。
「知らん。オーランドとしてはお前がエレミアの所に行ってしまうことを恐れたのかも知れぬし、エレミアの許可を取らずに処分した家畜の件でもめることを恐れていたのかもしれんな」
「えっ!? 山羊や羊を売り払ったのはエレミアからの指示だったんじゃないんですか!?」

 もう7年も前、9歳の頃のことだ。そういう詳細は覚えていない。
 覚えているのはフレッドが転落した場所を見つけたこと。ただただ急いでそのことを村長に伝えたこと。転落したフレッドの死体を崖下からどうにか回収して急遽作ってもらった棺に収めたこと。それぐらいだ。
 訃報の連絡がエレミアの嫁ぎ先に届いて、エレミアが夫と共にやって来てくれた。それ以降のことはとにかく忙しかったこと以外よく覚えていない。エレミアが一旦嫁ぎ先に戻っている間に、私はオーランドと共に谷を出てしまった。

「オーランドは家畜を売り払ったわけではない。あの時は牧畜をしている者が分担して一時的に預かっただけだ。だが管理者のお前が実質的に居なくなったことで、結果的には我々がエレミアから買い取った形になった。土地や家屋もしばらくはエレミアたちが帰省する時に手入れをしていたようだが、5年ほど前に家を解体してしまった。お前が戻っては来ないものと諦めたようだった」
 村長の言葉はどれも私の記憶や認識と大きく乖離していて、私は考えを整理するのに精一杯だった。つまりエレミアにしてみれば、私はオーランドに掠われてしまったまま長らく音信不通状態だったことになる。
「ところで、オーランドは一体どうしているんだ? 最近はまったく姿を見なくなったのだが」

 私は立ち上がって腰掛けていた木の下を離れた。どうも瞑想に集中できない。

 あれから谷の何人かの年寄りから、オーランドが山人として山暮らしを始めたいきさつを聞いた。それを確かめることと山狩りの結果を聞くために、アレックスさんや他の山人の元に戻った。本当にオーランドは何一つ私に話さなかったのだということが嫌と言うほどわかった。
 リンガイアの方から父と共に旅をしていたこと。フォーレスの谷に入る直前、赤土峠からの下り坂で土砂崩れに巻き込まれたこと。それが30年前のやたらと集中的に雨が降った年の出来事。オーランドが12歳、アレックスさんが5歳の時のことだった。
 唯一の生存者だったオーランドは、アレックスさんの父に引き取られて山小屋生活を始め、それから10年ほどして自分で小屋を建てて一人暮らしを始めたという。
 突然始まった7つ年上の兄貴との生活はさして悪いものでもなかったようだった。アレックスさんの言葉からは、オーランドを慕っている様子が伝わってきた。

「あくまでオレの勝手な印象だがな」
水場での立ち話からの別れ際、アレックスさんはちょっと言いよどみながら切り出した。
「旅行に同行していて土砂崩れで亡くなった父親は、オーランドの実の親ではなかったんだろうと思う。何か訳ありでもらわれたか、拾われたか。オーランドは出身地も含めて事故以前のことはよく覚えていないと言って一切話さなかった。何かの事情があって話せないか、話したくなかったのかもしれん。オレからは強制はできん。だが、あまりオーランドのことを悪く思わないでやってくれ」

 アレックスさんからの言葉をまつまでもなく、私はさしてオーランドを恨んでいない。
 あのまま谷で生活するより、山で暮らしていた方が何倍も過ごしやすかったし、幸せだった。何よりも、独りで生活する技術と経験と自信がついた。
 エレミアには悪いが、フレッドの跡を継いであの谷で牧畜をして生計を立てるより、山暮らしをして必要な時だけ里に出る方が気楽で私にはあっているのだ。

 そして・・・たぶん。人間などと生活するよりも、龍たちと生活する方が私にはあっているのかも知れない。


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