「聞こうと思っていたのは、エレミアが私を拾った時のことなんだ」
あまり長居するのも迷惑だろう。そう思って、私はさっそく用件を切り出した。
「ずいぶん昔のことを聞きに来たわね。その代わり交換条件よ、まずはあなたのことを話して。父さんが死んでから、どこで何をしていたのか」
ずいぶん変なことを尋ねるものだ。私は内心そう思った。
「オーランドという木こりに引き取られて、西ギルドメイン山脈の中腹にある山小屋で生活していた」
「それで?」
エレミアは話の続きがあるものと思っているらしい。
別に取り立てて話せるようなことがあるわけではないのだが。
むしろ話せないような事件を起こしてそこを出奔してきたようなものなのだが。
「いや、別に、それ以上のことがあるわけでもない。ただ、半年前になじみにしている商人に勧められて、剣術を習うためにルギウスという人に弟子入りした」
「そう、それで、そんなに筋肉がついているわけなのね。なんだかはじめに見た時に驚いたのよ。顔には昔の面影が残っているけれど、体はすっかり一人前の男になちゃったなって。腕がすごく太くて何をしたらそんな筋肉の付き方をするのかしらって」
事情を知らないエレミアはあくまでほめているつもりなのだ。
でも、なんだか素直に喜べなかった。
人殺しがきっかけでついた筋肉なのだ。
「それで、教えてくれるか。あの日のこと」
私はおずおずと尋ねた。これ以上、自分のことなど話したくはない。
「ええ。でもね、実を言うとつらくてあまり思い出したくないことなんだ」
「そ、そうか。やっぱりそうなのか」
きっとろくでもないものを拾ってきたと、さんざん怒られたのだろう。
「わかる? みんなまったく聞く耳を持ってくれなかったのよ」
「あ、ああ。そうだろうな。そんなもの、気味が悪いから早く捨ててこいとか、ろくでもないものを拾ってくるなとか、ずいぶん叱られたのだろう?」
考えてみれば、未婚の娘がどこの馬の骨とも分からぬ赤子を拾ってくるなど、とんでもない事態だ。
しかもそれを育てようなどとは、普通は考えまい。
養子に出されるなり、売り飛ばされるなりしても文句はいえない状況だ。
エレミアはいたずらっぽくクスクスと笑いだした。
「さすがにそれはないわよ。あなたのことではないわ。しゃべる白い龍の話よ。バラン、あの話、覚えている?」
「忘れるわけないだろう。その話を確かめに、ここにきたんだ」
そう、その話を待っていたのだ。
「あれ、もしかしたら、おとぎ話か何かだと思っていたかもしれないけれど、本当に話しかけられたのよ。白くて大きな龍に。信じられる?」
「むろんだ」私は即答した。
「私もつい先日、しゃべる龍に出くわした。白くはなかったが、人間の言葉を話せて、会話ができた。教えて欲しいのは、私のそばにいたという龍が何をしゃべっていたかだ」
私の話が荒唐無稽に聞こえたのか、エレミアは目を見張ったまま私を凝視している。
「アウア~。ア~ウ~」
彼女の腕の中にいる赤子が、声を出して胸のあたりをまさぐりだした。
はっと我に返ると、エレミアは赤子を抱き変え、反対側の乳房を含ませた。
「そ、そう。そのあなたが会った龍はどんなことを話していたの?」
「そ、それは・・・」
私は一瞬躊躇した。正直に話すべきなのかどうか。
だが、所詮常識的に考えるなら信じようのない、荒唐無稽な話だ。
ありのままに話したところで、信じられるような話でもないだろう。
「そ、その~。信じていいかどうか分からないのだが・・・私は龍の子だと。普通の人間ではないのだと。拾われた時にいた白い龍が母親なのだと。そんなことをいわれて、非常に面食らったのだ。だから、エレミアに、確かめにきた」
私は思いきって話の肝要な部分をすべて話してしまった。
「じゃあ、私があの日聞いたことは、もしかすると嘘ではないのかもしれないわね」
エレミアは、あの日起きたことをできる限り事細かに話してくれた。
それは16年前の6月22日、夏至の翌日のことだった。
「夏至の翌日とはいっても、けっこう日が傾いている時間帯でね。その日はちょうど満月だったのよ。さすがにまだ月は出ていなかったけれど、そろそろ羊たちを山小屋の前の囲いに入れようかしらって思って、山の上から中腹に向かって降りようとしたときだったわ。東の空から何か白いものが飛んでくるのが見えたの」
はじめは白い鳥だろうと思っていた。しかし、それは鳥と呼ぶにはあまりにも大きかった。そして、まるで布か何かが落ちてくるように、それはふわりと頂上付近に舞い降りた。ちょうど夕日を受けて逆光になっており、それが何であるかははっきりと分からなかった。
「モンスターかもしれないと、思わなかったのか?」
私は思わずエレミアの話を遮って問いただした。
「いいえ。今から思うと、確かに不思議なんだけど、その時は飛行能力のあるモンスターかもしれないなんて考えは全く浮かばなかったわ。何となく、ただ事ではないような感じがしたの」
「ただごとではない?」
「ええ。何て言うのかな。行かなきゃいけない。そんな胸騒ぎがしたのよ。私宛に手紙が届いたっていう知らせを受けたときのような気分に近かったかしらね。私はそれが何かを確かめに行かなきゃいけない。そういう奇妙な使命感のようなものに突き動かされるような感じで、気づいたときには来た道を引き返していたわ」
牧草地よりも上は、薪集めのためにしょっちゅう出入りしており、いわば一家にとって庭のような空間だった。だから、その白い何かが舞い降りた場所に見当をつけることはたやすいことだった。
「きっとそのあたりで一番太いトネリコのあたりだろうと思って藪の中に入ったの。そうしたら、木立の向こうに、何か大きな白いものが動いていたわ。そうね、牛舎ぐらいの高さはあったかしら」
「なぜ、逃げ出さなかったんだ?」
どう考えてもおかしいだろう。私はそう言いたいところだったが、言葉を呑み込んだ。
「確かによくよく考えると不思議よね」
そう言ってエレミアは人ごとのように笑った。
私は思わず額に手をやった。そんな命知らずな行動を取っていては、危なっかしいことこの上ない。
「なぜだか恐くなかったのよ。自分でも何であんな行動に出たのか、今思い返してもよく分からないわ。単純に、何があるんだろうと思って藪を分け入っていったら、真っ白な鱗を持つドラゴンがいたのよ」
「白? 本当に真っ白だったのか?」
先日出会ったアーロンたちはいずれも灰色というか、いぶし銀のような光沢のある鱗を持つ龍だった。
「ええ。全身真っ白よ。馬で言うとたてがみみたいなものが頭についていたけど、それも白かったわ。でも、瞳だけはきれいな青をしていたわね。う~ん、青と言うより、どちらかというと紺色に近い色合いだったかしらね」
エレミアは記憶をたどるように、視線を天井にさまよわせている。
「それで、そいつが私を咥えていたのか?」
それなら「龍の食い残し」などと言われても仕方がないとも思う。実際、どこかで手に入れた獲物を食べようと思ってたまたまあそこに着地したのかもしれない。
「いいえ。咥えてはいなかったわよ。あなたは前足の間の地面の上にいて、丸まって眠っていたわ。でもあなたに気づくより先に、その白い龍と目があったの」
何かを思い出そうとしているのか、言葉を選ぼうとしているのか、エレミアは左手であごを触りながら視線をさまよわせた。
「恐怖は感じなかったのか? なぜ逃げ出さなかったんだ?」
私が問いかけても、エレミアは困ったような表情をしたまま首をかしげる。
「う~ん。恐くはなかったわね、奇妙なことに。龍とは思えないぐらい、優しい目をしていて、非常に穏やかな視線をこちらに送ってきていたから」
「それで、その龍が本当にしゃべったのか?」
「しゃべったと言うより、言葉が直接頭の中に伝えられたような感じね。『待っていました』って言われたわ」
私は話の続きを待ったが、エレミアは忙しく視線をさまよわせている。
「ごめんなさいね。「なかったこと」にした記憶なのよ、私にとっては」
そう言うと、彼女は激しく首を横に振った。
「白くて大きな龍に、『この子をよろしく』と言われたって正直に話したら、あっという間に周囲からは「気が振れた女」扱いをされたのよ。仲がよかった友人たちも、みんな腫れ物に触るかのように、私に近づかなくなった。おまけにあなたは「龍の食い残し」って言われるようになった。父さんはそういう部分ではさっぱり私たちのことをかばってくれなかったし、あの事件は私にとって非常に痛い経験だったわね」
私は思わず、ため息をついた。奇妙ないきさつで私を拾うことになったエレミアに、どれだけの災厄をもたらしたか。それを、改めて目の当たりにすると、何とも言えない沈痛な気持ちになる。
「すまない。やはり、相当な迷惑をかけたのだな」
「あら、あなたが謝ることではないわ。どこかから運ばれてきたにしても、赤ん坊だったあなたには、何の責任もないじゃない。あくまで私がとった行動とそれを受けとめた谷の人間に問題があっただけよ」
エレミアはこともなげにそう言ってくれるが、その後の出来事を考えるととにもかくにもすべての元凶はこの私だとしか思えない。
「あなたをどこかに養子に出そうって話もあったんだけど、それを私が頑なに拒んだのも、いけなかったんだわ。そのせいで、あなたが父さんと私の間に生まれた禁断の子だという、とんでもない誹謗中傷も一時期飛び交ったほどよ。だから、父さんがなくなった後に、あなたを私に引き取らせないように村の人間が画策したみたいだったわ」
初めて耳にする事実ばかり、しかも、予想だにしない内容ばかりで正直私はめまいに似た感覚を覚えた。
「養子に出すという話があったのか!?」
「そりゃあ、そうよ。妻に先立たれた中年の男と未婚の娘の二人所帯よ。どう考えたって乳飲み子を養育することには向かないじゃない。でも、私は何だかその龍に申し訳が立たない気がしたのよ。私を選んであなたのことを託してくれたみたいだったもの」
そう言うとエレミアは悔しそうな表情を浮かべて下唇をかみしめた。
「その、白い龍から言われたことを思い出してはくれないか?」
酷なお願いだと承知の上で、私はもう一度エレミアに問う。
「そうね。『待っていました』と、それから『あなたにこの子の養育をお願いしたいのです。この子の名はバラン。世界の平和を脅かす存在から人々を守るべく神が遣わした者です』」
そこまで話すと、エレミアは何かを懸命に思い出すような表情を浮かべて黙り込む。
自分自身の名が、まさかその龍によって名付けられていたとは思ってもみなかった。フレッドかエレミアがつけてくれた名だろうとばかり思っていた。
「『やがてその力に目覚める時が来たら、この子は人間の間から姿を消すかもしれません。そのときまで、私に代わって愛情を注ぎ、大切に育ててあげて欲しいのです』そんなことを言われたわね。・・・う~ん」
突然話を再開し、また突然エレミアは黙り込んでしまった。
「エレミアから、その龍に何か話しかけなかったのか?」
普通は話をしない存在から話しかけられたのだ。何かを聞き返そうとは思わなかったのかもしれない。
「他にも何か言われたような記憶があるけど、とにかく最後に、この子はどこから来たのか、両親はどこにいるのかって聞いたわ。でも『神々の元から私を経由してこの地上にやって来ました』って言われただけで、何だかけむに巻かれてしまったのよ。だから・・・あなたの素性に関する手がかりはさっぱり得られなかった」
長年の重荷を下ろしたように、エレミアは大きなため息をついて、冷たくなったハーブティーを一気に飲み干した。
「では、この私のバランという名は、私を運んできた龍が名づけたということなのか? その龍の話を信じるならば、この地上に両親はいないということなんだろうか」
私は返答を求めるわけでもなくつぶやいた。
「そうよ。私がこっそりあなたに言っていたことは、口から出任せでもなかったのよ。谷のみんなには「キチガイ」扱いされるから言わなかったけれど、あなたは何か特別な使命を持っている存在なんだと思うわ。あなたが持っている人並み外れた馬鹿力も、そのために与えられた天賦の才なんでしょうね、きっと」
私はアーロンから言われた事実を一つ一つ思い返していた。そして告げられた事実はおそらく真実なのだろうという直感も覚えた。