第2章 龍の騎士(3)

「つまり、状況次第では私にとっておまえたちも攻撃対象となりうるということだな?」

「むろん、そういうことになる」
バランの問いに、アーロンは即答した。

「それならばなぜ、わざわざ敵に塩を送るような真似をするのだ?」
自分でもどうかしている。バランはそう思う。荒唐無稽な話を素直に鵜呑みにして、さらに自分は敵であると告げた存在に、なぜ自分に親切にするのかと問う。愚かしい。愚かしい行為だ。

アーロンは困ったような表情を浮かべ、傍らにいたやや大きな龍を見やった。
「我々の中には、かつて龍の騎士に世話になったものが含まれておる。おまえより、何代も前の騎士にな。それから、かつて海龍族と親しく交わっていた経緯がある。彼らは龍の騎士と同族といっても差し支えのないぐらい近しい関係にあった」

「近しい関係?」
アーロンの言葉には何らかの含みがあるような気がして、思わず問い返す。
天からたった独り放り落とされたような存在に、同族と呼べるような存在がいるのか。

「そう。少なくとも海龍王一族と龍の騎士は同族としてのつきあいをしておった。マザードラゴンと海龍王はともに使命を負って天界から遣わされた存在で、海龍王は一時期龍の騎士の養育を請け負っていたと伝え聞く。我々が見聞きし伝え聞く限り、歴代の騎士たちは海龍王の子孫たちとは同族としてつきあっておった」

仲間が、同族と呼びうる存在がいる。いや、いたのだ。

「むろん、いざとなれば彼らも騎士にとっては攻撃対象じゃがの。相当昔の話らしいが、海龍王の第3子を騎士が討ち取ったことがあるそうじゃ。詳しいいきさつは知らんが、何らかの原因で力の暴走が始まったらしくての。そんな事件があっても、騎士と彼らのつながりは絶えることはなかった。彼らが生存しているうちはのう」

 もう、いないのか。それが正直な感想だった。

「そいつらは、もういないのだな?」
「ああ」
アーロンは苦い薬でも飲み下したように、そういった。

「極北の地、マルノーラ大陸のはるか北東の海上に、かつてヒュペルボリアと呼ばれた小さな島が集まった海域がある。そこが彼らの拠点で、人間、龍人、龍が混住しておった。
その龍人というのが、海龍王が人との間に儲けた子孫での。大体250年あまり前に人間と龍の争いが起きて、その戦争で龍人どもの半分以上が命を落とした。その後も人間からも龍からも目の敵にされての。
150年程前に彼らを統率していた族長が人間の手で処刑された。それと引き替えに、龍と人間と龍人の戦いは終わった。我々のようなしゃべる龍も、龍人もほぼ壊滅した。おまえさんだってどこかで耳にしたことぐらいあるじゃろ」

 そこまでいわれてようやく合点がいった。一般に海龍人戦争と呼ばれる争いのことだ。
欲深い海龍人と一部の龍が結託して人間から富を奪った。
そのために、かつてギルドメイン大陸の西にあったマレディア帝国がオーザムやリンガイアと連合してヒュペルボリアに攻め入ろうとした。

 だが、ヒュペルボリアの海龍人の差し金で三国の連携が崩され、結果的にマレディア帝国のみが進軍することになる。
その結果、マレディアの精鋭軍は全滅。その進軍に随行した龍たちも命を落としたことで、人間と龍との決別が決定的なものとなった。

「人間は龍人という言葉を使わない。彼らのことを欲深い海龍人と呼んでいる」
どうやらそれも人間側の勝手な判断のようだ。そう、人ごとのようにバランは思った。

「やれやれ、欲深い海龍人か。ずいぶんなご挨拶じゃの。欲深いのは人間で、そもそも攻撃を仕掛けたのも人間が先じゃったというのに」

 アーロンは重い、非常に重いため息をついた。

「彼ら龍人の存在は龍の間では「ムメイヤールの遺産」と呼ばれておった。それに、それ相応の敬意を受けていた」

「ムメイヤール?」
さっぱり聞いたことのない単語を耳にして、思わず聞き返す。

「海龍王のことじゃ。当の本龍は自らを王とは名のらなかったからの。龍人の一部は海龍王が地上を去った後にその力を受け継ぎ、主に海の秩序を守ることを言いつかっていたらしいが、実際のところ彼らがどのような使命を請け負っていたのか詳細は分からん。
おそらく海龍も絶滅し、龍人たちの大半は死んでしまったはずじゃ。生き残っていてもごくわずかじゃろ」

話すべきことを話しきったつもりらしく、アーロンは沈黙した。

 重苦しい雰囲気があたりを包んだ。
まるで大規模な災害が起きた後に、生存者がいない事実を告げられたような気分だった。

「本当に、彼らは、もう、いないのか?」
長い沈黙を破り、バランは絞り出すように切れ切れの声で問いかけた。

「少なくとも152年前に龍人族の族長が死に、わしはその後を引き継いだ龍人の最長老と面会はしている。最長老とは言っても、千歳に満たない若造じゃがの。
だが、それ以降は音信不通じゃ。風の噂によると、ひっきりなしに龍から攻撃を受け、とばっちりを恐れた人間からも生息地を追われたという。その後身を隠していたホルキア大陸のどこかで相当大規模な襲撃を受けたらしい。姿を見せなくなって既に久しい。おそらくは、もう」

「そうか。分かった」
バランもまた、重いため息をついた。

 自分は人間ではない。それでさえ衝撃的な事実だった。
だがせめて同族と呼びうる存在がいるなら。
そんな希望は、その存在について耳にすると同時にかき消えてしまった。
欲深いといわれようが、浅ましい存在であろうが、もし生きていてくれるなら会ってみたかった。

「だが、どうも腑に落ちないことがある。龍の騎士はその争いを傍観していたのか?」

 騎士にとっては大切な存在だったはずだ。
家族同様のつきあいをしていたのならなおさらだ。
でも介入を見合わせたというのなら、龍人たちはそうするに足るぐらい酷いことをしたのだろうか?

「むろん、その通りじゃ。同族同士の争い、すなわち内輪もめには介入しないことを鉄則としている。龍人が人間から攻撃されようと龍から攻撃されようと、内輪もめといえば内輪もめじゃからの。人間と龍が直接的に争ったのはごくわずかの期間で、最終的に龍人の力を削ぐという目的のもとに結託していったんじゃ」

自分がもし当時生きていた龍の騎士ならば、間違いなく龍人に荷担していたに違いないと思いつつも、バランはどうにも納得のいかない何かを感じていた。

「まあ、介入するような事例ではないというのも大きな原因じゃろうな。大国同士の思惑があり、龍の間でも権力争いがあり、龍人たちも一枚岩ではなかった。大規模な戦いだが、龍人族の族長の手にかかればほんの一瞬の間に数百人の人間を冥土送りにできる。
だからこそ、休戦協定の条件が族長の処刑だったわけだ。族長を失ってしまうと、龍人たちにとって大幅な戦力の低下となった。せいぜい逃げ回るのが精一杯というところじゃろ」

果たして本当にそうだろうか。何かアーロンの知らない事情で、介入できない理由が存在したのではないか。

「そんなに龍人族の族長というのは、強かったのか?」
バランの問いに、アーロンは深々とうなづき返す。
「そりゃあ、当然じゃ。この地上唯一の特殊な力の持ち主で、海龍王以外に使い手がいない能力をやすやすと使いこなした。
まあ龍の騎士にはかなわないじゃろうが。あやつらが使う力に龍の騎士は耐性を持っているからの。まあ、今あれこれと我々に聞かずとも、いずれ「思い出す」じゃろう」
そこでアーロンは話を打ち切った。
首を左右に振って辛気くさくていかんのうと独り言を言う。

「要するに、周りは敵になる可能性のあるものばかりで、なおかつ味方は既にいない。そういうことか」
わざと勢いをつけてため息をつき、バランは石から腰を上げた。

「龍の騎士とは孤独な宿命を負って生まれてくるもの。龍人どもがいた頃はその孤独も少しは暖められたかもしれん。ヒュペルボリア崩壊以前は、よく騎士はあそこに駐留していた。戦いの合間の居候先といったところじゃな。じゃがもう、あやつらはおらん。いずれ「思い出す」時が来たらさらにつらさが増すかもしれんな」

別に思い出すことがあってもつらくはないだろう。漠然とバランはそう思った。何だかんだといって、この16年間ずっと一人で生きてきたようなものだった。少なくとも気持ちの上ではいつもそうだった。確かに孤独を暖めてくれる存在はいた。でも、最終的に生きていくのは独りなのだ。寂しいとは思わなかった。そう思う以前に、余りにも自明なこととして自らの孤独を受け入れてきた。

「かまわん。いなくなった者たちのことを嘆いていても仕方あるまい。そもそも私にとって知り合いでも何でもないのだ。初めからいなかったし、これからもいない。それで、困るというものでもない」

 バランはアーロンに背を向け、人だかりならぬ龍だかりの間を歩き去ろうとした。

「バラン、これからどうするつもりでいるんじゃ?」
突然立ち去ろうとするバランを、アーロンが呼び止めた。

「私の用件は済んだ。おまえたちはもう少し森の奥にでも引っ込んでいてくれ。私は人間たちのもとを離れ、しばらく独りで剣と魔法の修練を積むつもりでいる。それから、私を拾った人間に詳しいいきさつを聞いてみたくなったのでな。その人間を訪ねるつもりだ」

「またここに来ればいい」

思いがけない言葉がアーロンからかけられ、バランはびっくりして彼の方をふり返った。
「なぜだ。状況次第では、将来的に戦う可能性は皆無ではない間柄のはずだ」

「それをいうなら、みんなそうじゃろ。わしでも、よく夫婦げんかをする。勝てた試しはないがの」
アーロンがそういって片目をつぶると、傍らにいた大きな龍が、彼の頭を尻尾でこづいた。
夫婦だったのかということ以上に、雄よりも雌の方が大きいという事実がバランにとっては驚きだった。

「ありがとう。とりあえず、私の拾い主と養親に会いに行ってくる」


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