第2章 龍の騎士(2)

「うむ。その通りじゃ」

突然アーロンがしゃべり出したので、バランは思わずびくりと体を硬直させた。

「まだ成長途中で自らが持つ力に覚醒していないから、信じられないのも無理なからぬことじゃろうがの。おまえさんをさらってきたという白い龍、その龍こそがおまえの産みの親じゃ」

「はあ? なんだと?」
バランは思わず立ち上がった。よりにもよって龍が自分を産み落としただと?

「それは聖母龍、あるいはマザードラゴンと呼ばれる龍じゃ。天界と地上を行き来できる数少ない存在の1つでな。龍の騎士が死ぬと天界から現れて、地上のどこかに次世代の龍の騎士を産み落とす。そして龍の騎士の養育を人間に任せ、自らは天界に戻っていく。もしおまえを拾った人間がマザードラゴンに接触したなら、何らかの会話がもたれたはずじゃが」

「ま、まさか・・・エレミアが」
つい口から出た言葉が、そこで途切れた。

 そういえば、エレミアはよく言っていた。「あなたは特別な子だ」と。
周囲の人間から心ない言葉をかけられると、バランはよく彼女の元に「避難」した。
そしてエレミアに言われたのだ「あなたは神に選ばれた子」なのだと。
どんなに心ない言葉をかけられても、自分を大切にしなさい。
自分が特別な使命を負ってここに生まれて来たと信じていなさい。
いつか必ずあなたの力なり才能なりで多くのものを救う時が来る。
自分がいまここにいるのは、その必要があるからなのだと、彼女は幼いバランによく言い聞かせていた。

「彼女は、何かを聞いて知っていたのか?」

単なる気休めだと思っていた。いや、そう思おうと努めてきた。
エレミアがそばにて、そう言い聞かせていてくれた頃は、それでもその言葉を信じていた。
彼女の言葉にはなんとなく確信に裏打ちされたような不思議な力があったから。

 それでも、彼女が嫁ぎ、家を出てからは、村の人間の言葉にその信念を打ち砕かれた。
いや、打ち砕かれたまま放っておいたのは自分の責任だ。
龍のさらわれ子として、自分は誰からも受け入れられないのだ。そう思った。

それは確かに子供じみたひがみだ。
本当は愛され、受け入れられたいのに、それが叶わないがためにすねてしまった子供じみた態度だ。

 でも、一体どうすればよかったというのだろう。
周囲の人間たちのからかいも、売られた喧嘩も黙殺するべきだったのか?
拾われ子として浴びる蔑みの視線も、差別も、迫害もすべて甘受するべきだったのか?
あるいはもっと徹底的に抗議し、戦うべきだったのか?
何が正しかったのか、いや、今もってして何が正しいのか分からないのだ。

 周囲の人間たちの大半を敵とみなし、有形無形のあらゆる攻撃を跳ね返してきた。
そして、すべてを力の限り跳ね返し続けた結果、幼なじみに怪我をさせた。最終的には、後ろ盾であったフレッドの死をきっかけに、事実上村を追われた。

 そんな行き場のない自分を引き取ってくれたオーランドの信頼さえも、あの事件で失ってしまったのだった。

人殺しと後ろ指を指されることなど、別にどうでもよかった。
そもそも「龍の食い残し」などと呼ばれていた村一番のはずれ者だったのだから。

 でも、人殺しの育て親とオーランドが揶揄されることには我慢がならなかった。
あれはもののはずみで、力加減を間違ったがために起きた事故に過ぎない。
だが、それを理解してくれるのは、ゼオルムなどあくまであの場に居合わせた人間だけだ。

 オーランドがバランを殴りつけたのも、その不手際を自分の責任と思ってのことだ。
だからバランは、オーランドの反対を押し切って山を飛び出してきたのだ。
追いかけてきたバランが、勧められたとおり剣術を習いに行きたいのだと頼み込むと、ゼオルムは二つ返事で弟子入り先を紹介すると約束してくれた。

 行商人のゼオルムの勧めに従い、剣豪と呼ばれたルギウスに弟子入りをしたのは、決して強くなりたかったからではない。
むしろその逆だった。有り余る自らの力を制御するすべを習いたかったのだ。
必要以上に他人を傷つけずに、自らを、大切な存在を守る技術を身につける。
そう心に誓ってやって来た道場も、結局自分の居場所たり得なかった。

 本当の意味で、他人の心を思いやることができていなかったのだ。
他人の弱さも、その上で自分がどう振る舞うべきかも分からない。
そんな自分の未熟さが、自分の居場所作りを妨げてしまったのだ。
自業自得だ。いまなら分かる。でも・・・。

「どうやらおまえさんは自他共に自分が龍の騎士であると知らずに育ってしまったらしいのう。ずいぶん気の毒なことじゃ。その分じゃかなり不愉快な思いをしてきたじゃろ」

バランはアーロンを見上げ、無言でうなづいた。不愉快な思いをしてきたのは自分だけではない。不愉快な思いを周囲に振りまいてきただろう。

「人間というのは、誠に救いようがないほど愚かじゃ。龍の騎士の存在によって、もっとも大きな恩恵を受けてきたのは、他ならぬ人間じゃったというのに」

「私の存在が、人間にとって恩恵だというのか?」

蔑まれ、迫害されてきた自分が? 蔑みや迫害に容赦なく仕返しをして、人間から排除されたこの私が、人間にとって本当に恩恵たり得るのか? バランは予想だにしなかったことを告げられ、絶句した。

「そういうことじゃ。少なくとも、龍の騎士が人間を攻撃対象とみなすことはごくごく稀なこと。そういえば千年近く前に、ラインリバー大陸で人間と龍が互いの生活圏を争ったことがあったのう。その時は数千年そこの森で生活してきた龍の肩を持って、森を焼き払おうとした人間と、騎士が戦ったことがあったはずじゃ。
結局、この森に人間は手をつけないと約束をさせて龍と人間の争いに決着をつけたわい。それが今も残る迷いの森じゃ。かつてあそこは龍にとって快適な繁殖地の1つじゃった。わしは2千年とちょっと生きてきたが、わしが知る限り龍の騎士が人間に牙をむいたのはその一度きりじゃな」

「教えてくれ。そもそも龍の騎士とは何なのだ。何の必要があって、この地上に産み落とされるのだ?」

さっきもほとんど同じ質問をしたな。バランは自嘲気味にそう思った。

「まず、先ほども言ったように、龍の騎士は一見人間に見えるが人間ではない。むろん、龍でも魔族でもない。マザードラゴンという天界から遣わされてきた龍によって産み落とされる、神によってこの世でもっとも強い力を授けられた特殊な生命体じゃ」

 強い力を持った特殊な生命体だって? 思わず叫びだしそうになったのを、必死でこらえる。
まだおまえは実は魔族だといわれる方がましだった。
それは自分が何者でもないという宣告に等しかった。

 さっきアーロンは騎士が死ぬと、マザードラゴンが次世代の騎士を産み落とすといっていた。つまり、それは・・・。

「待ってくれ。同族はいないのか? 私以外に龍の騎士はこの地上に存在しないということなのか?」

「むろんその通りじゃ。あまりに強力な力を持つゆえ、基本的に同じ時代に2人いるような事態が起らんようになっておる。万が一騎士が2人いて、互いの目的が異なって対立しようものなら、この世の破滅じゃ。それぐらい騎士が持つ力は強大なのじゃ」

 バランは全身の力が抜けてしまうような脱力感を覚えた。

アーロンの言葉は、それぐらい衝撃だった。思わず、再び石の上に座り込んだ。
この世に存在するいずれの種族にも自分は属さない。
そして同じ境遇の存在も、同族と呼びうる存在もいない。

「私は、確かに並みの人間より力が強い。剣の腕についても人並み以上だ。だが、それだけだ。この世でもっとも強い力などといえる程、人間離れした力を持っているとは思えんのだが。それに、もし私がその龍の騎士だとして、一体何の目的のために産み落とされたのだ?」

バランの質問に、アーロンはやれやれと言いたげに頭をかいた。

「まず1つ目の質問についてじゃが、おまえは拾われてから何年たっておる?」
「今年で16年目だ」
「人間が一人前と認められるのは大体何歳からかね?」

アーロンの質問を受けて、バランはなぜそんなことを聞かれるのか分からないと言いたげな表情を浮かべる。
「リンガイアでは、18歳を過ぎると大人として扱われる。テランでは17歳らしい」

「それならば、大体それぐらいの年齢になるまで力は封じられておる」
「なぜだ?」
間髪を入れずにバランは聞き返していた。

「肉体が未完成な状態で強力すぎる力が発動されてみろ。反動で自分の体が壊れてしまうじゃろ。肉体の成長期が終わるのとほぼ同時に最強の力が目覚める。それと同時に、おまえさんは歴代の龍の騎士たちが経験してきたことを「思い出す」ことができるようになるはずじゃ」

いわれていることが荒唐無稽すぎる。常識や想像の範囲を超えている。バランの理性はそう語っていた。

 しかしなぜかアーロンの言葉を一笑に付すことも、無視することもできなかった。
直感が告げているのだ。この龍は決して嘘をいっていないと。
そして、語っていることがすべて真実であると分かる時が、やがて訪れるだろうと。

「それから」アーロンはバランを気遣うように語り出した。
「2つ目の質問じゃが、龍の騎士に課せられた使命とは、三種族と三界のバランスを保つことにある」

「バランスを保つ?」
予想外のことを告げられてバランはすこし狼狽した。
最強の力を持った存在などがいれば、かえってバランスを崩すことになるのではないか?

「三種族とは、人間と龍と魔族。三界とは天界、地上界、魔界、すなわち地底じゃ。地上には人間、魔界には魔族が定住した。まあ例外もおるがの。龍はその特性に応じて地上で暮らしたり地底で暮らしたりしてきた。特に海龍族は海がなくては生きていけんから、彼らも地上の海を定住の場と定めていた。
ところが、この三種族はそれぞれ、大昔から地上と魔界の覇権を互いに争ってきた。それどころか、野心を抱いた一部の龍族が天界へと進出しようと目論んだりもした。そんな事態を阻止するための番人として、神々が龍の騎士を生み出したんじゃ」

 バランは理解した。つまり、自分の味方は存在しないのだ。
人間であろうと魔族であろうと龍であろうと、必要があれば攻撃対象となるのだ。
まかり間違えば、この人のよい、いや、この龍(たつ)のよいアーロンとでさえ、殺し合いを演じなければならなくなるのだ。


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