「さてさて、何とも奇妙なことじゃ。よもや龍の騎士に龍の騎士とは何かと説明を求められるとはの。龍に龍とは何かを説明しなければならんようなもんじゃの」
その龍はどこか困ったように、何かを思案するように前足で頭をかいた。
その仕草はあまりにも人間くさい。本当はドラゴラムで龍の姿をとっている人間なのではないかと、バランはいまだ疑いを持ちながら龍の言葉を待っていた。
「まあ、ひとまずな。そこの岩にでも腰を掛けなされ。長い話になるじゃろうからな」
勧められるままに、バランは森の中の広場の隅にある岩に腰を下ろした。
だがよくよく目をこらしてみると、それは岩ではなく、人の手で加工された跡が窺える大きな石だった。
何かの建物の柱石として使われていたのか、あるいは基壇か何かだったのか。同じような大きさの石が等間隔で並んでいる。
相当昔に、何者かがこのあたりに居住していた跡なのだろう。だが周囲の樹木がそれなりに大きく成長しているところを見ると、長く見積もっても200年から300年ぐらいはたっていることが推測できる。
山人達に交じって山仕事をしてきたバランには、木の種類と樹齢は見た目でだいたい推測がつく。
「これ、ただの岩ではないな」
バランはその龍にいうとはなしにつぶやいた。
「そりゃそうじゃ。ここは300年近く前に龍人どもが身を隠していた場所じゃからな。その石はあやつらが住んでいた建物の跡じゃよ」
「りゅうじん? 龍の神という意味か?」
聞き慣れない言葉に、思わずバランは眉をひそめた。
「いや、龍と人のあいの子という意味で、龍人じゃ。ある意味ではおまえさんとも縁続きじゃ。そのこともおいおい話そうかの。ところで申し遅れたが、わしはアーロンという。残念ながら両親を知らずに育っての。我々本来の慣習に従えば「誰々の息子アーロン」と名のるべきところなんじゃが、名のるべき父親の名を知らん。わしがまだ卵の時に人間が巣から盗みおっての。龍の間ではわしのようなもんを「盗まれ龍」というんじゃ。そんなこんなで所属群も知らん」
バランは黙って聞いていた。正直、この龍が何を伝えようとしているのかイマイチ分からなかったのだが。
しかし、彼から漂ってくる人間くささが、彼の育ちによるものらしいことは理解できた。
アーロンはバランが無言なのをさして気にとめる様子もなく、話を続けた。
「わしのことをどうでもいいことを話している、もうろくした老いぼれとおまえさんは思うかもしれんな。これは龍社会において、けっこう大事なことなんじゃ。龍は自分の名を名のるにふさわしいと認めた相手にしか名を名のらん。
そして正式に名のる場合、雄であれば父の名を取って「誰々の息子誰それ」と名のる。雌の場合は母親の名を取って「誰々の娘誰それ」と名のる。その次に自らの所属群をあかす。
かつてわしらのようにしゃべる龍の群は雄群が3つに雌群が3つの計6群があった。そして海龍と龍人たち合同の群があり、全部で7つの集団に別れていた。
いまはほぼ壊滅状態で、雌雄混合の群が二つあるだけじゃ。海龍や龍人たちは姿を消して久しい。もはや生き残りもほとんどいないじゃろ」
「私の名はバラン」
アーロンの話が一区切りしたところで、バランは自らの名を名のった。
「フォーレスの谷で牧羊をしている家族に拾われて育てられた。何でも、白い龍が私をどこからか運んできたらしい。そのおかげで「龍の食い残し」と呼ばれて育った」
「ははははははははは」
アーロンが笑いだすと、周囲の龍たちにもその笑いが伝播するように広がっていく。
別に悪意を感じる笑い声ではなかった。それでも、バランの胸の内には苦い記憶がよみがえった。
「さらわれ者め」
「おまえなど龍に食われていればよかったんだ」
そう、何度も周囲の人間にからかわれた。
とりわけ、母親のように何彼と面倒を見てくれたエレミアが結婚して家を出てからは、彼をかばってくれるものがいなくなった。
同年代の子どもたちには、相手にされないどころかよく喧嘩を売られた。
そのたびに、悔しくなって自らをあざ笑う者を殴り倒してきた。
ずいぶん多くの喧嘩をして、そのたびに相手に怪我をさせてきた。
そのたびにフレッドが一緒に謝ってくれたけど、喧嘩が絶えることはなかった。
フレッドが亡くなる1年ほど前だっただろうか。ついに喧嘩相手の肋骨を骨折させてしまった。たいして力を入れたつもりはなかった。3人がかりで押さえつけてきたから、その中で一番体格のよかったテッドという男の子の腹を無造作に蹴り上げたのだった。
幸い、元僧侶だった長老が回復魔法をかけたので、大事には至らずにすんだ。
でもそれから明らかに、周囲の空気が変わった。それまではおとなしいけれど力の強い男の子という程度で認識されていたが、怒らせると何をするか分からないヤツという視線で見られるようになったようだった。人のまなざしが、明らかに冷たくなったことを感じた。
やがて有無を言わさず、石が投げつけられるようになった。誰もが面と向かって喧嘩を売らなくなった代わりに、やり方が非常に陰湿になっていった。自分たちは決して傷つかないような方法で、攻撃されることが増えていった。
いつしかバランは、何をされても抵抗することを諦めるようになった。
「龍の食い残し」として拾われた自分には、仕方のない仕打ちなのだと思うようになった。
成長するとともに、谷の人間がバランに向けるまなざしはどんどん冷たいものになっていき、それはもはやどうすることもできないものになっていた。
そしてついには、彼の姿を見かけるだけで、みな一様に、モンスターにでも出会ったかのように逃げ出していった。別に何をするわけでもないのに、彼らは勝手にバランに恐怖心を抱くようになっていたのだった。
だから、谷を離れて山人達の間で暮らすようになってからの方が、むしろバランはのびのびと暮らすことができた。
別に養父のフレッドに不満はなかった。でも、彼もけっこうな変わり者で、村よりも山の上に拠点を置いて牧羊を営んでいた。
周囲の村人との交流も少なく、バランがその出自のせいでからかわれたりいじめられたりしていても、ほとんど無頓着だった。
むろん、バランが誰かに怪我をさせた時は一緒に頭を下げに来てくれはしたものの、正面切って説教をすることもなかった。1度だけ――テッドを骨折させた時だ――「バカどもをまともに相手にするんじゃねえ」とひとこと言われたぐらいだ。
そこから察するに、フレッドはバランが「龍の食い残し」「拾われ者」とからかわれていたことは知っていたようだった。そして、そうやってからかう奴らを「バカ」と言うぐらいにはバランの立場にも理解を示していてくれたんだろうとは思う。
だからなんだろう。谷の人間たちは、フレッドに文句を言っても効き目がないと早々に見切りをつけていたようだった。
フレッドは、バランを拾う5年ほど前に妻を亡くしていたのに、まったく再婚する気はなかったようだった。
父と娘の2人だけの生活に、バランという赤子が加わったことを本当に歓迎していたのかどうか、今となっては分からない。
少なくとも、嫌われてはいなかった。牧羊犬の扱いがうまく、かなりの健脚の持ち主であるバランを評価はしているようだった。
そして、エレミアが家を出てから4年後、バランが9歳の時に突然養父のフレッドは世を去ってしまった。
あれほど山になれていたはずの男が、足を滑らせて崖から転落したのだった。
バランが暴れ牛を放り投げた怪力の持ち主と知って、木こりのオーランドが養育を申し出ると、谷の人間たちは大喜びした。
凶暴で、その怒りに触れると何をされるか分からない怪物など、村から追い出してしまいたい。
そんな魂胆が見え見えで、バランは自分1人で家畜の面倒ぐらい見られるとずいぶん抵抗を試みた。
だが、オーランドは残された羊や山羊たちをけっこうな高値で村の人間たちに売り払うと、強引にバランと、彼とともに残された牧羊犬を山へと連れだしてしまった。
初めこそいいように谷を追われる結果となったことに反発を感じ、無骨を絵に描いたようなオーランドを嫌っていた。
でも、山に入ってからの生活は決して悪いものではなかった。
何より、何者にも頼らず、自力で生きていける自信がついた。
生きていくために必要なことは、すべて山で教わった。
狩りの仕方に、きのこや山菜の探し方から収穫方法、木の実や果物がなる木を見分けること、薬草の種類と調合方法など、どれをとっても役に立たない知識はない。
むろん、木こりや木地師と共にいたお陰で、木の切り倒し方や加工方法も学んだし、ちょっとした小屋ぐらいなら自分でも建てられるようになった。
籠を編んだり、食器を作ったりすることもできる。
時折やってくる行商人に頼めば、山での収穫物を買い取ってくれたし、必要なものを取り寄せることもできた。
バランの持つ怪力や健脚は山仕事をする者たちの間では非常に重宝されたし、元来無骨で粗暴な人間が多い山人たちの中では、バランもすんなり受け入れられてしまった。
「やれやれ。人間というものはどうしてそこまで愚かなのか。まったくもってどうしようもない奴らじゃわい」
回想に浸っていたバランの意識を、アーロンのあきれたようでいてどことなくユーモアのある口ぶりが現実に引き戻した。
だがバランには、アーロンが何をそんなにおかしがっているのか理解できなかった。
「何がおかしい?」
「それで、おまえさんはその話を信じたのかい?」
アーロンはバランの質問には答えず、質問を返した。
「信じるも何もない。そう言われて育ってきたのだ」
バランは憮然として答えた。自分より年配の人間たちのほぼ全員に、そう言い聞かせられてきたのだ。オーランドを除いて。
バランの発言を聞いて、周囲の龍たちが再び大きな笑い声を上げる。
悪気はないのだろうと推測はできても、いい気分ではなかった。
だから、バランは非常に仏頂面になっていたのだろう。
「ずいぶんととんでもない誤解じゃの」
アーロンは、バランをなだめるように穏やかな声で言った。
「誤解だと?」
きっぱりと断言されて、バランは少し戸惑った。
かつてオーランドも言った。そんな話を信じるだけ損だと。
だが、エレミアという目撃者の話に根拠がないように、バランが龍によってさらわれてきた赤子だという話を否定する根拠もなかった。
それをいま龍によってはっきりと誤解であると断言されてしまったのだ。
「一体何を根拠に誤解だなどと断言できるのだ」
「おまえさんが龍の騎士だからじゃ」
アーロンは間髪を入れずに言いきった。
バランは内心、またそこに戻るのかとイライラした。そもそも、肝心のドラゴンの騎士というものがよく分からない。
「繰り返し言うが、おまえさんは自分が龍の騎士であることを知らない。じゃが、わしら龍には分かる。身にまとう音が人間とはまったく違うからの」
「つまり、私は人間ではないと言いたいのか?」
思わず、その口ぶりが鋭くなる。
それはバランにとって荒唐無稽な話にしか聞こえなかった。
少なくとも自分は龍ではない。見たことはないが、蒼い血と青い肌の持ち主だという魔族とも違うはずだ。どこをどう観察しても、人間の男以外の何者でもない。
だが、いわれてみて思い当たる節もないわけではなかった。
怒りでカッとなったり、自分や周囲の者たちが危機に陥ったりすると、自分で想像もしないような力を発揮することがあった。
暴れ牛を取り押さえたのも、生後間もない子羊たちのいる囲いに突進しようとしていたからだった。
普通に考えれば、大の男でさえ取り押さえようとすれば吹き飛ばされる巨体の持ち主に、子どもが向かっていったりはしない。
そして何より、その巨体と相当な勢いでの突進を、小さな子どもが食い止めるなど考えられない出来事だった。
潮見峠の事件も、倒れて動けないふりをしていた山賊が、隙を窺ってナイフで切りつけてきたからだ。
あの時は油断していたせいで、自分自身も脇腹に決して浅くはない切り傷を負った。
しかし、まさか力一杯突き飛ばした相手の体で木を倒してしまうとは予想もしていなかった。
そして、襲いかかってきた相手とはいえ、まさか人間の命を奪ってしまう結果になるとは思いも寄らないことだった。
でも、それ以上に、オーランドから泣きながら殴られたことが何よりも生々しい記憶として脳裏にこびりついている。
――何をやったか、自分が何をやったか分かっているのか!?
山賊に切りつけられた切り傷よりも、オーランドが繰り出す拳よりも、オーランドの表情の方が、その表情を見ている方が、バランにはこたえた。
その日から、拭っても拭いきれない不名誉な称号を身にまとうことになった。
――人殺し。